第4話 魔族の社会

 封印を解くと、水晶に亀裂が入り黒い霧のようになった魔王の魔力が溢れ出して来た。

 ユリアンはあの日の恐怖を思い出し、つい身構えてしまう。


 周囲に漂う黒い霧が散り、一人の少女が現れた。

 その姿は天使と見紛う程に可憐で美しく、六枚の翼を持っていた。


 「さて、勇者ユリアンよ」

 「ちょっと待ってくれ! お前……魔王なのか?」


 「如何にも、我は魔王である」

 「その姿はなんだ? 声も全然違うぞ!」


 「そうか? 戦っていた時の姿の事を言ってるのだろう?

 甲冑を着ている様なものなのだがな。

 我の場合、魔力で武装していると言うだけだ」

 「驚いたな、魔王の正体がこんな女の子だとは思わなかった」


 「これでも1万年以上生きているのだがな。

 魔族は保有する魔力が多ければ多いほど、体の成長は遅くなる。

 話しが反れた、元へ戻すぞ?」

 「ああ、すまない。 それで、俺の復讐に協力してくれるのか?」


 「無論だ。 しかし、我は人族と言うものを全く信用しておらん。

 いつ心変わりするかも分からん者を使う気にはなれん。

 故に、お前を我の魔法で傀儡くぐつとする。

 それで構わぬか?」

 「それって俺が操られるだけの存在になるって事か?」


 「我が魔力を込めて命じぬ限りは自由に動ける。

 お前が裏切らぬ限りは発動させるつもりもない」

 「もしもの時に備えてと言う事か。 わかった、受け入れよう」


 『傀儡の文様マリオネットパターン

 魔王がユリアンに魔法を掛けると、ユリアンの体に文様が浮かび上がった。


 「これでお前は我が物となった。 裏切りは死罪、覚えておけ」

 「ああ、心得ておく」


 「それでは、我に着いて参れ」

 

 魔王がユリアンを連れ出し、外に出る。

 ユリアンはその景色を見て驚く。


 目の前に広がっていたのは魔族の街。

 ユリアンは戦場でしか魔族を見て来なかった。

 それ故に、人族と同じ様に街を作って生活している姿を想像していなかった。


 魔王が街の中を案内していると、他の魔族達が挨拶をして過ぎ去っていく。

 ユリアンは不思議に思う。

 なぜ人族である俺が居るのに、敵意さえ向けられないのかと。


 「魔王様!」


 一人の少年が魔王に声を掛ける。

 この少年は他の魔族と違い、ユリアンに興味がある様だった。


 「ソーン、どうした? この者に興味があるのか?」

 「はい! その方は何者なのですか?」


 「我を封じた人族の勇者。 今は我の所有物だがな」

 「勇者……魔王様! その方と戦わせて下さい!」


 「傷を負っているが勇者は強い。 子供のお前では相手にならんぞ?」

 「構いません! 戦場で散った父への手向けに……」


 「そうか。 ユリアン、相手をしてやれ」

 

 魔王は魔法で剣を生み出し、ユリアンにそれを渡す。

 やれと言われたからにはやるしかない。

 ユリアンが剣を構えると、ソーンと呼ばれた少年は怒りを露にし、襲い掛かって来た。


 怒り狂う少年に対して、ユリアンは冷静に対応する。

 思いのほか鋭い攻撃だったが、戦闘経験に乏しい事がすぐに分かった。

 本気で戦う訳にもいかず、ユリアンはソーンの剣を弾き飛ばし、目の前に剣を突き立てた。


 「参りました」

 

 立ち上がる少年に、ユリアンは言葉が出て来ない。

 ソーンの父親は人族との戦争で命を落としたのだろうと言う事は分かっている。

 ユリアンはどうしていいのか分からなくなり、魔王を見つめた。


 「ソーン、気は済んだか?」

 「はい! 勇者さんありがとうございました!」


 父の仇である人族のユリアンに対し、ソーンは敬意を示し、深く頭を下げた。

 ユリアンはその行動に戸惑いながらも、言葉を返す。


 「えっと……俺が憎くないのか?」

 「憎いです。 でも、今は魔王様にお仕えしている立派な剣士様。

 先程の無礼をお許し下さい。

 クソガキだった自分は、今の決闘でおいて来たつもりです」


 簡単に割り切れるものではない。

 自分なら仇を前に、同じ言葉は言えないだろう。

 ユリアンはそう思った。


 「許すもなにも……君は立派な剣士だ。

 俺ももっと研鑽けんさんが必要なんだって思えたよ。

 礼を言うのは俺の方だ。 気付かせてくれて、ありがとう」


 「ユリアン、少しは魔族がどういう種族なのかと言う事が理解できたか?」

 「ああ……なんとなく。 良い人達……なんだな」


 「よし、帰るぞ」


 魔王はユリアンを連れて、来た道を引き返し、最初に居た屋敷へと戻って来た。


 「さて、ユリアン。 未だに子供の様な復讐心に囚われているか?」

 「ソーンに俺を会わせたのは、それが言いたかったのか?

 そうだな……復讐心は消えたわけじゃない。

 けど、俺は生き方を変えてみたいって思えたよ。

 魔王、いや、魔王様。 俺は魔王様の剣になる」


 「我は人族を滅ぼすぞ? それでも我に仕えると言うのか?」

 「人族も魔族も人である事に変わりはないと知った。

 それに、人族同士でも戦争はする。

 仕える主が魔王様になったと言うだけの事だ」


 「そうか、それでは我に仕えるがいい。

 それはさておき、人族であるお前を我は信じる事はない。

 お前も我に仕えるからと言って、敬称を使ったり敬う必要などない。

 我は魔王アリエッタ。 魔族のアリエッタだ。

 アリエッタと呼んで欲しい」

 「魔王様? 流石にそれは……まずいんじゃないですか?

 魔族の王様なんですよね?」


 「皆好き勝手に魔王様と呼んでいるだけだ。

 本来、魔族にそう言った社会は無い」

 「それは……どういう事ですか?」


 「魔族に王などなく、上も下もない。

 あるのは、子供か大人。

 我は勝手に王だと担ぎ上げられているだけだ」

 「そんな馬鹿な? 上下関係も無いって言うのか?」


 「一応、強い者が治めればいいと言う考えはある。

 魔族は人族と違い、どんなに欲の強い奴だったとしても裏切るなんて事はないからな。

 誰が王の立場になっても、構わないのだ」

 「にわかには信じがたい……でも、本当の事なんだな……。

 魔王様、いや、魔族のアリエッタ。

 俺も勇者なんて呼ばれているが、ただの人族のユリアンだ。 よろしくな」


 「ああ、よろしく頼む。

 ユリアン、早速一つお前に命じよう。

 いつ心変わりするか分からん人族のお前を、我に繋ぎとめる物が欲しい」

 「繋ぎとめる物?」


 「そうだ、お前にとって掛け替えのない物を作り、裏切れぬよう繋ぎとめる」

 「なんだそれ? そんな物あるのか? 魔法で作り出すとか?」


 「簡単な事だ。 アンネと子を作れ。

 それを成し得た時、お前は魔族の性質と言うものを一つ知る事になるだろう」

 「へえ……子供を作るのか……子供!?」


 

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