第3話 勇者、魔王の封印を解く

 「妙な違和感は感じていた……カルティナ姫、偽者だな?」

 「ええ、偽者よ。 私は姫様の影。 名も無き守護者」


 「そう言う事か。 皇帝陛下は俺を処分しろと?」

 「その通り。 勇者ユリアン。

 あなたは力を付け過ぎたの。

 魔王の脅威がなくなった今、王族にとってあなたが一番の脅威。

 大人しく姫様と結ばれていればこんな事をしなくても済んだのに」


 鋭いダガーナイフを振りかざす彼女を横目に、ユリアンは言葉の意味を理解する。

 勇者ユリアンとカルティナ姫が結ばれれば、帝国の栄光が高まり、おのずと国威も増すだろう。

 しかし、ユリアンがそれを拒んだ事によりユリアンの名声だけがとどろき、それは王族の地位を揺るがしかねない存在となる可能性がある。

 

 「そうか……食事に毒、それにさっき刺したナイフもか」

 「ご名答。 どちらも致死性の毒で、猛獣すら動けなくなる程の痛みがあるの。

 冷静でいられるあなたは、化物ね」


 「常に魔族にやられた傷が痛むからな。

 今更この程度の痛みじゃなんともない。

 まあ、毒が回って動けそうにはないけどな」

 「勇者ユリアン。

 身体ごと持って行くとバレた時に面倒だし、証拠として利き手だけもって帰るわね。

 栄えある輝きを手土産に、畜生共に食い荒らされて土に帰るがいい」


 ユリアンは偽物のカルティナ姫により、毒のナイフで右腕が切り取られ、野ざらしのまま森の奥で横たわる。

 そして、血の匂いに引き寄せられ、獣達が忍び寄って来る気配を感じていた。


 「このまま喰われるのを待つだけか……」


 ユリアンの心に様々な感情が湧きたつ。

 怒りや憎しみの波も押し寄せてきたが、二番目に大きな波となって現れたのは悔しいと言う思い。

 そして、一番大きな波となって現れたのは寂しさだった。


 ユリアンは小さな子供の様に、グスングスンと鼻を鳴らし、すすり泣く。


 「ああ……バルトス、ハーベル、メリル。

 どうして……俺を、独りぼっちにしやがって……」


 ユリアンの心の奥底で、小さな波紋が広がっていく。

 その波紋は広がるにつれて大きくなり、波を高くしていった。


 「こんなの……納得いかねえよな?

 俺も、バルトスも、ハーベルも、メリルも!

 きっと半年もたてばあの王族共は感謝の念すら忘れ、名前すら思い出せなくなってるだろうぜ!

 あいつ等は富と権力の亡者だ……復讐すべき俺達の敵!

 許さない! 絶対に許さない!」


 ユリアンは強い殺気を放ち、周囲にいる獣達を退かせた。

 毒が回り、指一つ動かせないはずの体を煮えたぎる怒りが無理やりつき動かし、彼を立ち上がらせた。


 しかし、彼の体にも限界が来ていた。

 元々重症だったうえに体は致死性の毒で侵されている。

 全身の力が抜け落ち、身動き一つ出来ないまま、ユリアンは意識を失い、後ろへと倒れてしまった。



 森に夜が訪れる。

 ユリアンは全身に走る痛みによって意識を取り戻した。

 意識は混濁しているが、とりあえず自分が生きている事に安堵した。

 ユリアンは誰かに抱かれている気配を悟り、ゆっくりと目を開く。


 目に入って来たのはどこか見覚えのある顔。


 「お前……は、魔王軍の……」

 「魔軍司令官のアンネ」


 「どう言う……状況だ? どうなっている?」

 「混乱しているみたいだな。 たまたま偵察に来てみれば強い殺気を放つ貴様を見つけた。 それだけだ」


 「それだけって……助けてくれたのか?」

 「私は魔王様を封じた貴様を憎いと思っている。

 だが、勇敢だった。

 私は貴様に敬意を示し、生き長らえさせた。

 魔王様もお許しになるだろう。

 それより、よく激痛に耐えられたものだ。

 耐えきれずに死ぬ者もいると言うのに」


 「激痛……そう言えば俺は、痛みで目覚めた。

 何をしたんだ?」

 「魔族の回復魔法を使った。

 その傷で味わうはずの苦痛を前倒しして治療した」


 「そうか、感謝する」

 「感謝される筋合いはない」


 「……なあ、一つお願いを聞いてくれるか?」

 「聞くだけ聞いてやる、言ってみろ」


 「もう一度魔王に会わせてくれ」

 「魔王様に? あのお方の事だ、いっとお喜びになる。

 しかし、不穏だな? 何を企んでいる?」


 「交渉がしたい」

 「交渉……つまり、封印を解くと言う事か?」


 「そうだ、その変わり、俺はグルターク帝国の王族を滅ぼす。

 終わったら俺の事は好きにしていい」

 「わかった。 それなら、魔王様に直接願いでろ。

 その変わり、その場で殺されても文句は言うなよ」


 アンネは転移門を開き、ユリアンを抱きかかえて魔王の元へと転移する。

 そこは、魔王城の様な城では無く、大きな屋敷の一室の様だった。

 豪華な調度品なども見当たらない、石の暖炉があるだけのただの大きな部屋。


 魔王は大きくも無い普通のテーブルの上で綺麗な生地の上で、祀られているかの様に鎮座している。

 魔王城で封印した直後とは見た目が変わっており、ピカピカに磨き上げられて真っ黒で透明な水晶の様な光沢を放っていた。


 「魔王様、勇者ユリアンから謁見の申し出があり、連れて参りました」

 「ほう、我に会いに来てくれたのか。

 なるほど、その様子を見るに、裏切られたのだな?」


 「そうだ、俺は王族に裏切られ、アンネに助けられて辛うじて生き長らえた。

 俺は王族に復讐がしたい! 頼む、封印を解く代わりに、俺に王族共を滅ぼさせてくれ!」

 「お前……その言葉の意味を理解して言っているのか?

 王族どころか、我が復活すれば人族が滅ぶぞ?」


 「それでも俺はあいつ等を許せない……」

 「お前は、我となんの為に戦ったのだ! 応えてみよ!」


 ユリアンは魔王の声から怒り滲みだしているのを感じる。

 しかし敵意は感じない。

 あるのは、怒りと、失望の念……そんな風に感じ取った。


 「俺は、人族の未来の為に戦っていると思っていた。

 でも、違う……。

 たぶん、ずっと、いつだってそうだったと思ってる。

 俺は、隣にいる奴等の為に戦っていたんだ」

 「そうか、人族が裏切る事など、当たり前の事だ。

 いつの時代も奴等は騙し、騙されながら繁栄をしてきたのだからな。

 一度や二度、裏切られたからと言って復讐心に捉われるなど、馬鹿馬鹿しい事だ。

 だが……泣いているお前は子供だ。

 我は大人だからな、少しだけお前の我儘を聞いてやる。

 封印を解くがいい」


 ユリアンは思う。

 

 魔王は俺の願いを受け入れてくれたのだろうか?

 仮にそうじゃなかったとしても、もうどうでもいい。

 ここで殺されたとしても、本望だ。

 もう、どうにでもなれ。

 

 ユリアンは魔王に振れ、自らが施した封印を解いた。

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