第2話 皇帝の裏切り
グルターク帝国軍は栄光と勝利を掲げ、高らかに掲げた旗をはためかせ
門を潜り、街中へ入った彼等を出迎えたのは、割れんばかりの歓声を上げる民衆達。
街中が労いと感謝の言葉で溢れかえった。
そんな民衆の声を聴き、馬車の中で安静にしていたユリアンはそれに応えるべく、痛みに耐え、体を起こした。
「ユリアン様、まだ傷も癒えてないのです、無理に動こうとせず安静にして下さい」
「そう言う訳にもいかない。
魔王を封印したとは言っても全ての魔族を滅ぼしたわけじゃない。
それに、100年後には魔王は復活するんだ。
俺が伏せっているより、明るい顔をしていた方が希望を持ってくれるだろ?
希望はきっと、新たな時代の勇者を育ててくれる」
「あたな様は、どこまでも勇者なのですね。
私も後世まで貴方様の雄姿をお伝えて参ります」
「ああ、俺も君のお陰でなんとか体を動かせる様になった。 ありがとう」
一緒に馬車へ同乗した回復術士は表情を曇らせた。
魔族によってつけられた傷は回復魔法を使っても治りにくい。
なぜなら、人族の使う回復魔法は優秀だったゆえに、魔族側はそれに対応し、回復魔法を受け付けない魔法を身に着けたからだ。
勇者ユリアンの傷も、魔王の魔力を浴びている為、殆どと言っていいほど回復はしていない。
勇者ユリアンは馬車から下り、出迎えてくれた民衆に手を振って応える。
歓声は瞬く間に大きくなり、勇者ユリアンを称える賛美と化した。
グルターク帝国場内。
勇者ユリアンは皇帝グルターク三世の元へとやって来た。
グルターク三世。
帝国のトップに君臨しているが、貴族達からは才覚のあった先代、先々代の皇帝に比べ、“無難なだけの王” と言う評価を受けている。
これと言って才覚などはないが、無能では無いと言うだけの王。
立場が立場なだけあって、年寄りだが貫禄だけはある。
「よくぞ無事に戻って来た勇者ユリアン。
貴殿の功績を称え、貴族としての地位を約束しよう」
「皇帝陛下、ありがとうございます」
ユリアンにとってそんな物はいらなかった。
仲間達と過ごした日々、それが彼にとって最高の宝物。
しかし、受け取らない訳にもいかず、ユリアンは甘んじて、その
「ユリアン様、お約束通り私はあなた様の妻になります」
そう告げるのはカルティナ姫。
勇者ユリアンは思い出す。
旅立ちの日、魔王を倒したあかつきには…… 確かに姫とそんな約束を交わした事があった。
その時は色々と想像をして思いをはせたものだったが、現実味を帯びた今となっては素直に喜べない。
旅の果て、魔王城へ乗り込むその日の直前だった。
僧侶メリルは勇者ユリアンを慕っていた事を明かし、一度だけ唇を重ねた。
幼馴染であったメリルに、ユリアンは恋心こそなかったが、何よりも尊き者の一人として胸の内に深く掘り込まれていた。
今更、戦場から離れた場所に居た姫に、勇者ユリアンの心は揺れ動く事はなく、その隙間にすら入る余地は残されていない。
太陽の様な笑顔を振りまく無垢な彼女に対し、勇者ユリアンはこう答えた。
「俺の傷はまだ癒えておりません。
カルティナ姫、あなたをお迎え出来るその時まで、待っていて頂けますか?
この傷が癒えるには30年程掛はかりそうです」
傷を理由に断ったのである。
魔王との戦いで受けた傷である以上、皇帝からもその申し出に返す言葉は無かった。
カルティナ姫は言葉を失い、その場から立ち去っていってしまう。
「勇者ユリアンよ、疲れているであろう。
今日はゆっくりと休むといい。
明日、兵舎へ向かいを出す。
「お心遣い、感謝致します」
勇者ユリアンは兵舎へと案内され、ベッドに横たわる。
目を閉じると、仲間達との思い出がとめどなく溢れてくる。
しかし、ベッドの安らぎに包まれ、あまりに蓄積した疲れが深い眠気に彼を誘った。
それは、一瞬のうちにユリアンを深い眠りに落とす。
ユリアンが目覚めると、眠っていたベッドの横にカルティナ姫が椅子に座って待っていた。
「姫様? どうしてこのような場所に?」
「森へお散歩へ行くのです。 私も同行させていただきますわ!
私を待たせるおつもりじゃございませんよね?
近衛騎士団を護衛につれていきます。
武器などなくて構いませんので、早く着替えて出て来て下さいね!」
陽気に振る舞う彼女の笑みに、ほんの僅かに勇者ユリアンの心は癒された。
差し伸べられた手をとり、ベッドから下りると、カルティナ姫は外で待っていると部屋の外に出ていく。
ユリアンは顔を洗い、適当な服を着て兵舎の外に出る。
兵舎の前には姫の護衛である、近衛騎士団がずらりと並んでいた。
戦場へは行かずに、王族の護衛をしていた者達。
数はそれ程でも無いが、一人一人が精鋭であり、この騎士達がいれば魔物に襲われた所でどうと言う事はないだろう。
「森へ参りましょう!
あそこの聖域には魔族の魔力を打ち払う力があります。
きっとユリアン様の傷も良くなる事でしょう」
カルティナ姫に手を引かれ、勇者ユリアンは森の奥へと入って行く。
森は
ユリアンは居心地の良さを感じ取り、深く呼吸をすると、溜まっていた嫌な物が呼吸と共に吐き出される様な気分を味わった。
後ろ向きだった気持ちも、徐々に前を向ける様な気持ちへと変わっていく。
森の奥にある開けた場所。
ここで食事を取ると言い、カルティナ姫は騎士に預けていたバスケットを持って来て草むらの上に座る。
カルティナ姫から美味しそうなサンドイッチを手渡されたユリアンは、困惑しながらもそれを口にした。
しっかりと味付けがされている食べ物を久しぶりに口に含んだ彼は、体がとろけそうな快感を覚え、次々にそれを口に放り込んだ。
「そんなに急いで食べたら喉がつまりますよ? こちらもどうぞ」
カルティナ姫に渡された熱い紅茶を一気に喉へ流し込む。
味わっていない様に思えるが、これでもユリアンにとっては、ゆっくりと味わっている方だった。
戦場では常に意識は外へ向き、一瞬たりとも食事を味わう余裕などなかったのだから。
食事が終わり、再び歩み出すと、ユリアンは体の感覚がおかしい事に気が付く。
頭も少しボーっとしている気がした……。
そう思った瞬間、勇者ユリアンの背中から鋭利な痛みが走った!
突然の事で思わず勇者ユリアンは膝をつく。
周りを見渡すと、騎士団は剣を抜き、勇者ユリアンを取り囲む様にして構えていた。
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