第3話 -月光と影-
石畳でできた窮屈な
窓から差し込む太陽の光、肩に感じる高貴なローブの重み、主の命令を待つ従者の列。だが目の前にいる者が、
階段を登りきると茶褐色の木で出来た細長い廊下が一直線に広がっていて、その周りには深緋色の壁が続いている。天井には古びたシャンデリアが吊るされており、揺れる
僕は一つ一つのドアを見つめながら、レッドカーペットの上を彼奴に続いて歩いた。カーペットは足音を吸収し、静寂の中に不気味な安心感をもたらしていた。
廊下の両側には古びた絵画が掛けられており、過去の栄光と現在の
彼奴はある1つの扉の前で立ち止まり、ドアノブを捻る音が静かに響く。それほど年季が入っていないのか、滑らかに開き、その先の部屋が姿を現す。
4つの窓から入ってくる
だがそれも彼奴の一言によって一瞬で戻された。
「久しぶりに地上に出た感想は?」
陽気な声で
「新鮮だ、なんて言うとでも」
「全く酷いなぁ、牢獄から出してあげたのにその言い様。全く、兄として弟に愛情を注いでくれよ。兄さんは言ってただろう、''孤独な民には愛を''ってそれを守らないつもりかい?」
彼奴は赤褐色のドアにもたれかかって腕を組み
「笑えるな。お前は孤独な民なのか?そうだとしても僕がその教えに従う訳がない。何故だと思うだろうがお前には分かるか?……と言いたいところだがもう死が近いからな、勿体ぶっても時間の無駄だから今言おう」
僕は彼奴に視線を戻す。
「愚民共が僕の下で嘆き、崇拝する。
僕のその薄汚れた願望を叶えるのには虚言が良かった。なぜなら虚言なんて物、幾らでも創れる。駒を増えさせるのには1番手っ取り早い方法だからだ。あんな根拠も無いことを信じる奴は僕の犬となって這い
「へぇ、僕達ってそこだけは似てるんだね」
「何がだ」
「人を駒としか見ていないところが。でも、そんなことを言うにまだ兄さんは気付いてないみたいだね。」
「気付いていないとはどういう意味だ?」
「なんでこうなったのか兄さんだけのせいでは無いってこと。だけど僕が言えるのはそこまで、まぁ気付いても、そいつに恨みを持つだけだから。」
最後に何かを呟いたが聞き取れなかった。だが聞き返すことも面倒に感じて、僕はただ月明かりが当たっていない、影とも闇とも言える所に立ち尽くしているだけだった。
その後の彼奴は月を眺め、一言も話さず静寂を放っていた。僕はこのまま何も話さず、静かにして欲しいと思ったが、その願いは無謀にも叶わず、口を開いた。
「兄さん。」
頬に凍てついた手が添えられる。
「僕が今までどんな思いでここまでやってきたのか知ってる?」
「そんなの知らない、あったとしてもどうでもいい。しかも、お前のことなどどうでも良い」
「はぁ……もう分かったよ。でも今までしたことに意味が無いとは思わないでよね。」
その発言は耳を通り抜け、頬に添えられた手はそっと下ろした。
先程から気になっていたが、窓から入ってくる月明かりはこうも眩しかっただろうか。月を見つめながら、半年ぶりに地上に出たことを実感する。だが、もうこの明かりも見ることは二度と無いのかと、そう思いに耽っていた。
「兄さんって月、好きなんだね。」
「好きという訳では無い。もう見ることが出来ないのかと、少し残念に思っているだけだ。」
「ふぅん……そうなんだ。」曖昧な返答をして、ベルベット生地でできた椅子に座りながらこちらをじっと見つめる。
「何だ?」
「兄さんは死ぬ事が怖いって思わないの?」
確かに僕はこれから来ることなのに、本当は怖いはずなのに何故か異様な程落ち着いている。
「そうだな……あまり恐怖というのを不思議な程に感じない」
絢爛たる装飾が施された天蓋付きのベッドまで歩き、腰を下ろす。
「……そうなんだ。兄さんって変わってるね」
「お前が言うことか」
「もう兄さんったら冷たいなぁ」
悪魔のような笑みを浮かべながらゆっくりと距離を縮め僕の肩に冷たい手が触れ、ベッドに軽く押し付けられる。
仰向けになった僕からは月の逆光で彼奴が一際暗く見えていた。
「おやすみ兄さん。」
そう静かに囁いて、顔を近づけたが唇が触れる寸前にすうっと頬が逸れていき、隣にそっと身を横たえた。
窓から差し込む月光が静寂をより冷たくさせていた。
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