進まぬゴーレム開発、そして寿限無

ゴーレム①

 研究室の床に、大柄な土人形が仰向けに倒れている。


 ロフェスは助手が来るまでの間、ずっと腕を組んでそれを見下ろしていた。



 ……何が悪い?



 ゴーレムの研究は、著しく停滞していた。一応、こちらが指示をすればその通りに動くのだが、あまりにも必要な指示が細かすぎる。


 人ひとり殴らせるにも、やれ右手をどれくらい振り上げろから始まって、その右手の振り上げをやめてから慣性がおさまるまで静止をさせ、足を踏み込ませるのと同時に右手を勢いよく、どのくらいまで振り下ろす……といった感じで、とにかく煩雑なのだ。人間が相手なら一言「殴れ」ですむ話なのに。ロフェスは苦々しくため息をつく。


 それでなくても、このゴーレムは稼働時間が極端に短い。いまのところ、2分が限界だ。古代文明の民は、一体どうやってコレを使っていたのか? ロフェスはいまだ答えの見つからないこの研究に、正直嫌気がさし始めていた。


 と、


「博士ー! 戻りましたー!」


 垢ぬけた声とともに、助手のシスタが研究室に入ってきた。無造作にくるくると伸びた髪は今日も目元を覆っているが、それでも彼女の感情は手に取るように分かった。


 その手には、一冊の本。どうやら、目的の物は見つかったようである。


「ご苦労さん。どうだったね、そっちは?」


「ハイ、ここに。えーっと……」


 シスタが持っていたのは死霊術の本だった。彼女はその中からあるページを開き、傍らの机の上に置く。そして、本に視線を落とすと、


「これっすねー」


 と言いながら、ある一点を指差した。


 ロフェスは歩み寄ると、自らも本を覗き込む。


 そこには、魂を対象物に憑依させる方法が書かれていた。シスタの指はさらに、ある項目を示していた。


 はっきりと、ゴーレムに魂を入れる方法が書かれている。


 実はすでに、このゴーレムには異界を彷徨っていた魂を注入している。しかし、あまりにもそれが動作に影響しなかったため、何か間違っていないか確認をしたかったのだ。


「でかした。少し見せてくれ」


 シスタが頷くのを待たずに、ロフェスは本を自分の方へ向け直す。


 読み進めるが、特に間違えた様子はない。つまり、あの時入れた魂は今も、このゴーレムの中にあるということだ。


「どういうこっちゃ……お、待て。これは?」


 ロフェスはかすかに身をかがめた。そこにあったのは、憑依させた魂とゴーレムを同期させる方法であった。


 しばらく黙々と本に目を通していたが、やがてロフェスは姿勢を元に戻すと、シスタに微笑みかけた。


「いいぞ、シスタ。これこそ、求めていた情報だ」


「へへへー」


 シスタの口元がだらしなく緩むのを尻目に、彼はまた本へ視線を落とす。


「つまり、アレか……今、ゴーレムに入っている魂に、生前の名前を言わせればいいのか」


 古文書に倣って作っている最中は、ゴーレムに発声の機能なんて要るのか? と思っていたが、どうやらこのためであったようだ。ロフェスは念押しでもう一度、二度、該当の部分に目を通すと、大きく頷いた。


「シスタ。疲れているか?」


「全然、大丈夫っすよー」


 ひと仕事終えたはずの彼女の声に、かげりは無かった。


「よし。では早速だが、今からゴーレムと魂の同期作業に入る。リスクの高い仕事になるから、心して動けよ」


「オッス」


 気合いの入った返事。どうやら必要な部分にはすべて目を通しているようであった。


 まずはゴーレムの左の横腹に手を伸ばすロフェス。そこにある小さなフタを開け、中のスイッチをオフにする。


 これは、いわば安全装置であった。動力を失ったゴーレムは通常、エネルギーをすべて使い切る前にシャットダウン作業に入る。この装置が無いと、ゴーレム自身の造形で使われた魔力も使い切ってしまい、その姿を崩壊させてしまうのだ。


 しかし同時に、この安全装置がオンの状態では、使える機能に制限がかかってしまう。魂との同期では、ゴーレムの隅々までその意思を行き渡らせる必要があり、安全装置が邪魔をするのだという。


「シスタ。俺がゴーレムを起動させたら、できるだけ間髪を入れずに名前を聞け。いいな?」


「分かってるっす!」


 頼もしい返事。ロフェスは力強く頷き返すと、ゴーレムを目覚めさせる呪文を唱えた。


 土人形の中の魔力が動き出し、ウィィィィン……という音が低く鳴り出す。刹那、ふたりの目が合った。


 すかさず、


「答えたまえ、魂よ! 汝の名を、この新しい体に知らしめるのだ!」


 本に書かれている通りの文言で、シスタはゴーレムに問うた。


 安全装置有りの状態で、ゴーレムが動く時間は約2分。これを過ぎると、せっかくここまで形にしたゴーレムが壊れてしまうかもしれない。まさに時間との勝負であった。


「……ワレノ……ナハ……」


 幸い、ゴーレムの返事は早かった。一度名乗りを始めると、強制的にシャットダウンする事さえ出来なくなるが、このペースなら何とかなりそうだ。



「……ジュゲム、ジュゲム……ゴコウノスリキレ……」


 魂が名乗りを始めた。言い終わると、魂の力がゴーレムに行き渡るため、その瞬間に崩壊の危機は免れる。


(……イケたか……)


 内心、安堵するロフェス。

 だが……



「カイ、ジャリスイギョノ、スイギョウマツ……ウンライマツ、フウライマツ……」



(……ん、まだか?)


 ひどく名前が、長い。


「クウネル、トコロニ……スム、トコロ……」


「……」


「……ヤブ、ラ……コウ、ジノ……ブ、ラ……コウジ……」


 ゴーレムから、カタカタと不気味な音が鳴り出した。もうそんなに時間が経ったのか? ロフェスは焦りを隠しきれなくなっていく。


「……パイポ、パイポ……パイポ、ノ……(カタカタ)……シューリン……(カタンッ)……ガン……(カタタタタタ)」


「は……博士、これ大丈夫なんすか?」


「分からん。が、こちらからはどうすることも出来ん。信じて待つしかないだろ」


「で、でも……」


 シスタの顔には不安がありありと浮かんでいる。


 その時、ゴーレムの首筋から勢いよく蒸気があふれ出した。プシュー、という派手な音が響く。


「ヒィッ!」


「シューリン、ガン、ノ……グーリンダイ……(ガタガタ)……グー……グー、リンダイ、ノ……(ガッタン!)……ポンポコ、ピー……ノ、ポンポコナーノ……(ガタガタ、ガッタ、ガッタ)……ポン、ポコ……ナーーーー・ナーーーーーー……ノ……」


 とうとう、ゴーレムが大きくけいれんを始めた。ガチャガチャと音が鳴り響き、ゴーレム自身の声がよく聞こえない。


「博士! 博士!」


「うるさい、黙って見てろ! ったく、なんつー長い名前だ!」



「ナーーーーーー・ナーーーーーー……ノ……チョ、チョー……キュウ、メイ……ノ……」


 刹那、

 鳴りが、やんだ。


 博士と助手は静かに顔を見合わせた後、同時にゴーレムの方を見る。


 ゴーレムは一瞬、何の挙動も起こさなかったが、不意に全身が白く光りだし、そして……




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