いろんな寿限無が異世界転生。
小曽根 委論 (おぞね いろん)
満月の吸血鬼、そして寿限無
吸血鬼
パキン。
カラン。
折れた刀身が、満月の淡い光を反射させて力無く落ちた。石造りの町に、乾いた音が響く。誰ひとり様子を見に来ないのは、遅すぎる時間の故か、それとも、この不死の怪異を恐れてなのか。
「憐れだな、人の子よ」
勝利を確信したのか、目の前の吸血鬼は不敵に笑う。剣士は舌打ちをしながら、使い物にならなくなった剣を投げ捨てた。
「気に病むことはない。お前の剣よりも、私の爪の方が丈夫だった……それだけだ」
言いながら、吸血鬼は伸ばしていた左手の爪をシュルシュルと縮めていく。彼の後ろでは、縄でぐるぐるに縛られた上にさるぐつわまで嚙まされた女性が、泣き腫らした目でこちらを凝視していた。
吸血鬼め、わずかに戦闘態勢を緩めたか? 剣士はそう察すると、そちらの女性に目配せをして笑った。
「大丈夫だよ、嬢ちゃん。あんたは間違いなく、婚約者のところまで連れて帰るからな」
「虚勢だな。素手で私をどうするつもりだ?」
夜は更けていた。すでに月は西に大きく傾いていたが、学のない剣士は、それを見て日の出まであとどれくらいなのかを、計り知ることが出来ない。
(いくら吸血鬼とは言え、しょせんはアンデット。朝にさえなってくれれば、日の光でアイツも浄化されるはずなんだが……)
そう思ったところで、剣も持たない状態では時間稼ぎもままならない。
「観念したまえ。君はよくやった。もう少し賢くさえあれば、勇者として称えられたかもしれぬというのに……惜しいことをしたな」
「うるせー。フィアンセがいるような女性を生贄に指定するなんて、外道もいいトコだろうが。……見過ごせなかったんだよ」
「放浪の剣士の分際で、くだらぬ正義感に散るか……とは言うものの、腕前は本物であったな。最後に、名でも聞いておこうか?」
質問に対し、剣士は素直に己の名がスオルドであることを告げた。そして、身に着けていた鎧をいそいそと外しだす。
「いよいよ、観念したか」
「どーだか?」
鎧をすべて脱ぎ、布の服姿になったスオルド。そのまま大股を開いて腰を低くすると、右の足を高々と上げ、勢いよく地面に叩きつけた。
「……?」
吸血鬼の顔に、怪訝の色が浮かぶ。しかし剣士はお構いなしに、今度は左の足を高く上げ、打ち下ろす。
「何の儀式だ?」
「相撲だよ。俺は、前世の記憶があってね。相撲は大の得意だったんだ。こんなんでお前の命を奪えるとは思えんが、そっちの女性を助けて逃げることくらいは出来るかもしれねえからな」
スオルドは言うと、腰の低い姿勢のまま両手の平を開いた。そして大きく水平に振りかぶると、真正面で一度柏手を打つ。
その掌を、今度は吸血鬼側に向け、ゆっくりと腹の前にまで下ろした。その姿で何かを察したのか、吸血鬼の顔にわずかながら笑みがこぼれる。
「……そうか。スモウとは、何か体術の一種なのだな。しかし……見慣れぬどころではない、不思議な構えだな」
「くらってみれば分かるぜ……俺の立合いをよ」
「ふむ……興味深い」
言葉に偽りが無いと取ったか、吸血鬼は笑みを不敵に強めた。
「よかろう。すべてが終わったら、ひとつ調べてみるとしよう」
「どーぞ、ご自由に」
「お前に前世の記憶がある、というのも面白い。スモウのルーツをたどれば、あるいはその謎も解けるかも知れぬしな」
「ん? いや、まあ、その辺はどーだかな?」
「参考までに、お前の前世の名前も聞いておこう。調べものの助けになるかもしれぬ」
アンデットとは言え、吸血鬼ともなると随分知的好奇心が強いようだ。スオルドは小さくため息をつくと、右手を弱く握りしめ、地に軽くつけた。
「俺自身は、しがない一般庶民だったよ。別にスモウで名が売れたわけでもない」
「ただの興味本位だよ。もっとも、嫌だというなら無理強いはせぬが?」
「いや、いいさ。渋るほどのものでもない。俺の名前は……」
満月に雲がかかり、周囲が微かに暗くなった。スオルドは一瞬だけ月に視線を送ったが、すぐに向き直って言った。
「……俺の名前は、
東の空がうっすらと明るい。
吸血鬼も、まさか名前でここまで時間を取られると思っていなかったのか、どことなくそわそわしている。
剣士スオルドこと、スモウが得意な
「……うむ、なるほど……」
対して、吸血鬼の動揺は隠しきれぬほど大きいものだった。自分から聞いた手前、うやむやに出来ぬ、とでも思っているのだろうか? 変なところで律儀である。
「……分かった、と言いたいところだが……その名前は、少々長すぎて覚えきれぬな。もう少し、なんというか、短いあだ名のようなものは……」
「覚えきれぬのなら、もう一度名乗ってやろう。俺の名前は
「いや、いい! いい! 待て! 聞け! お前は人の話を聞け……!」
吸血鬼の制止をよそに、名乗りを止めないスオルド。
「
「やめろ! 待て! 止まれと言うに!」
「
「……ああ! 熱い! 朝日が! 朝日が昇って……!」
「
「ああ! あああああああああああ!!」
「
「……」
「……ん?」
気が付くと、
目の前に吸血鬼はいなかった。灰がかすかに舞っているのみである。
生贄の少女と目が合う。表情には、安堵よりも困惑が色濃い。
無理にフォローすることもせず、そのままの表情でスオルドは彼女に告げた。
「……まー、じゃあ……帰ろっか?」
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