第6話「六女・守里はほのぼの占い師」
「め、夫婦っていってもかりそめだから!」
「わかってるって」
手のひらで踊らされている気分だ。
これは旅をするためのていだと自分を納得させ、深琴の手を掴む。
「……ありがとう。”深琴”」
意識して名前を口にすれば「なんだこんなものか」と肩の力が抜ける。
(名前を呼ばないと不便だもの。かりそめ夫婦なんだし、呼び捨てでいいのよ。うん)
これでまた一つ、安全にかりそめ夫婦の勾玉探しは続けられると安堵し口角が持ち上がる。
「あー……。あーあー! もぉー!」
深琴が後ずさり、天を仰ぐ。
一体何なのかと、乱れた様子の深琴に疑いの目を向けた。
***
喫茶店を出ると、これからどうしようかと思案する。
深琴は穂乃花の手を握りながら迷いなく進むので、目的があるのだろうと顔をのぞきこむ。
「どこいくの?」
穂乃花の問いに深琴は自信満々にニヤッとしていた。
「この町に有名な占い師がいるって聞いてな。そりゃあものすごく当たるってうわさだ」
「占い師?」
「当たるってんならオレたちの相性を見てもらうのもありだと思っ……いてっ!」
調子ののった発言に穂乃花は唇を尖らせて、深琴の手の甲に爪をたてる。
泣きっ面になる深琴にさきほどまでの気分の良さはどこかへ消えてしまった。
「なに怒ってんの?」
「占い師さんのこと、誰に聞いたの?」
「あぁ、さっきの店員に。女学生を中心に人気なんだとよ」
「ふーん」
(なんだか面白くない)
深琴といると感情が上がったり下がったりと忙しい。
すねてばかりな姿は可憐な乙女とはかけ離れている。
可愛げないとうなだれると、深琴がおだやかな眼差しでわしゃわしゃと頭をポンと撫でてきた。
「たしか八人姉妹だったか?」
「そうだけど……それが何よ」
「いやぁ、夫婦になるなら挨拶しないとじゃん?」
八人に挨拶とは大変だとニヤニヤする姿は少し助平(すけべ)だ。
この男の発言は直球すぎて受け止めるには難しい。
咳払いをしてあしらおうと肘で深琴の腕を突く。
「かりそめでしょ。挨拶なんて必要ない」
「あるって。今はそうでも将来は違うってことさ」
よくもまあベラベラと惚気た言葉が出てくるものだ。
満面の笑みを浮かべる深琴にそっぽを向くしか出来なかった。
「……あ」
顔を向けた先に人だかりを発見する。
集まっているのは女性がほとんどだ。
きゃいきゃいと花が飛ぶ光景に穂乃花まで楽しい気持ちが伝染した。
「深琴! あれじゃない? うわさの占い師さんって!」
「おおー。ずいぶんとモテモテなことだ」
「私も何か占ってもらおーっと」
「あ、おい!」
夫婦らしさなんて思考から吹き飛んで、穂乃花は気持ちのままに駆けだす。
深琴が夫婦として相性を見てもらいたいと言っていたことさえ今は脳内の端っこにさえいない。
占いとは背中を押してくれるもの。
姉が占いを得意としており、よく占ってもらったと思い出にかすかな微笑みを浮かべた。
人をかきわけてどんなものかと顔を出すと、背中がおされて前のめりに飛び出てしまう。
前に出ると占い師が地面に布を敷き、ほのぼのとした雰囲気で女性たちと雑談をしていた。
「穂乃花ちゃん?」
「ま、守里(まもり)ちゃん!?」
勢いに現れた穂乃花と目があい、お互いに目を丸くする。
「おーい、穂乃花。大丈夫……か……」
思いがけない出来事に硬直していると、深琴が追い付いて穂乃花の肩をつかむ。
二人の様子に女性たちがさわいでいたものの、深琴があらわれると「あらイイ男」とほの字になった。
深琴は穂乃花と占い師の関係性を見抜くや、きりっと真面目な顔をしてその場に膝をつく。
「はじめましてお姉さん。穂乃花の夫の深琴と言います。どうぞよろしく」
「ちょっと! 何言って……!」
「あらぁ、穂乃花ちゃんってば~。いつのまにか結婚してたのね~」
「守里ちゃん!?」
おっとりした守里は深琴の冗談めいた告白をあっさり受け止める。
隙あらばやたら夫婦アピールをすると穂乃花は殴りたい気持ちをぐっとこらえた。
かりそめ夫婦なのは事実であり、それを人前で否定するわけにはいかないと自分に言い聞かせる。
「よう来たねぇ。穂乃花ちゃんに会えてお姉ちゃんうれしいわ~」
「私も……って、守里ちゃんなんでここに……!」
血相を変えて地面に膝をつき、守里の肩に掴みかかる。
すると守里は着物の合わせで隠していた勾玉を取り出し、穂乃花にちらっと見せた。
「姉妹の誰かが近くにいるのはわかってたから待ってたんよ~」
「わわわ! 守里おねーちゃんダメだよ!」
周りに見られることも気にせず勾玉を出すものだから穂乃花は冷や冷やして気が抜けない。
とはいってもまわりにはただの勾玉にしか見えないので穂乃花が一人で騒いでいる構図となる。
これ以上騒ぐのも意味はないと判断した深琴が女性たちに微笑みかけ、穂乃花の腕を掴んで一言。
「今日は店じまい。みんなごめんね」
そこには「キャー」と黄色い声に「えー?」とべたべたに不満を漏らす声が飛び交った。
だが浮ついた空気を楽しんでいた女性たちはなんだかんだで全員理解力が高く、ささーっと離れていった。
人気がなくなって、ようやく安堵した穂乃花が守里の前に座り込む。
この姉は占いを的中させるわりにどこか抜けていると、ハラハラが止まらなかった。
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