第5話「夫婦の証はおそろいの」
「すっごくおいしい!」
「そうか。ならよかった」
にっこりとして自分の甘味を口に運ぶ深琴。
あんみつ、と呼ぶらしい。
じっと眺めていると深琴はあんみつを飾るサクランボを手に取り、ホットケーキの器にのせた。
「やるよ」
この人は読心術でも使えるのだろうか。
ゴクリと唾をのみこんで穂乃花はボソッと礼を言い、サクランボを頬張った。
「穂乃花さ、何であんな山奥で眠ってたんだ?」
「……へっ!?」
「目が覚めてそうそうに勾玉がないって騒いだけど、それは穂乃花が眠ってたことと関係あるのか?」
新しい着物やスイーツとはじめて見るものばかりだったので頭から離れていた。
そもそも深琴と旅をするのは勾玉を探すため。
「質問する前にあなたから話すべきじゃない?」
簡単に話すものかと頑固になってナイフとフォークを置く。
それもそうだと深琴は理解者を模倣してうなずいた。
「ここ最近、水害が発生したりと不安定なのよ。その原因を封じる必要があって、オレの村の巫女様に勾玉を集めてほしいって言われたのさ」
その言葉に穂乃花の耳がぴくっと反応し、疑わしい目を深琴に向ける。
「なんであなたが探すの? 他の人でもよかったじゃない」
「あー……オレが村一番のいい男だったから?」
大げさにくつろいだ様子で椅子にゆったりもたれかかっている。
陽気ではあるがわざとらしいボケだと穂乃花は呆れて肩を下ろした。
「もういい。あなたも私も勾玉を探し中というわけね」
「そういうこと。で、オレは話したけど穂乃花も答えてくれんだろ?」
「まさか逃げないよな」と笑顔で詰め寄ってくるので穂乃花は仕方ないとつま先を丸め、背筋をピンと伸ばした。
「その巫女様の言う通り。勾玉が水害の原因を封じるために必要よ。何年前かわかんないけど、私はそいつを封印しようとした巫女の一人」
「巫女の一人?」
深琴の疑問に穂乃花は眉をひそめる。
かつて穂乃花が経験した封印対象と、現在起きている水害の原因は同じだろう。
今すべきことと縁が繋がり、なおさら責務を果たさなくてはともどかしくなった。
「私、八人姉妹なの。姉妹全員が巫女で、そいつを封印するために人柱になろうとした」
「はっ? 人柱?」
「そうよ。とにかく、今度こそ封印するために勾玉が必要なの。勾玉はお姉ちゃんが持ってるはずだから」
勾玉探しは姉探しと同義。
かつての光景を思い出し、穂乃花は持っているはずの勾玉がないと唇を噛んだ。
「……お姉ちゃんたちに会いに行かないといけないの」
強く噛んで唇が斬れてしまったかもしれない。
口の中に鉄の味が広がって、落ち着かずに手首をさすった。
「……巫女様って。あなたの名前はややこしいのね」
怖気づきそうな気持ちを誤魔化そうと穂乃花は揚げ足取りのように悪態を口にする。
その嫌味に対し、深琴はさらりと笑顔でかわすと手を伸ばして穂乃花の口角を親指でなぞった。
面を食らった穂乃花はカッと赤くなり、とっさに深琴の手を叩き落とす。
まったく動じない深琴はニヤッとして手の甲をさすっていた。
「巫女様は巫女さまだ。オレは穂乃花に名前で呼んでもらいてぇんだけどな~?」
直球なアピールにゴクリの唾を飲み込む。
椅子の背を押すと脚がぐらつき、とっさに立ち上がる。
赤い顔を隠すように小袖で口元を隠した。
「ちょ、ちょっと席を外すから!」
「おー。いってらっしゃい」
足早に店内を直進して、厠に駆けこむ。
いそいで鍵をかけると扉に背を預け、カラフルなタイル面を見下ろした。
(名前って……。どうしよう。いつの間にか名前で呼ばれてた)
ドクン、ドクンと動揺が目立つ。
声を出さないようにあちこちに静かな叫びを振りまいた。
気を取り直して深琴のもとへ戻ろうとし、咳払いをしながらトコトコと歩く。
顔を上げた先に深琴――と喫茶店の店員さんが仲良さげにおしゃべりをしていた。
その光景にカチーンとし、穂乃花は大股に距離を詰める。
「穂乃花、戻ったのか」
深琴が穂乃花に気づくと立ち上がり、さっさと店員を横切って近づいてくる。
理由もわからずにへそを曲げる穂乃花に深琴はしばらく黙って見下ろすと、クスッと息を漏らした。
「これ、やるよ」
甘くはにかんで穂乃花の耳たぶをいじくりだす。
くすぐったさに唇を丸めると、ゆっくりと深琴の手が離れる。
耳たぶが重くなったと指を持っていくと、丸っこいものがぶらさがっていた。
一体なんだと後ずさり、あたりを見渡して壁面の鏡に駆け寄った。
(瑠璃の……耳飾り?)
これは先ほどまで深琴が両耳につけていた耳飾りの片割れだと気づき、あわてて振り返る。
「うん、いいな。イヤリングをつけると華やかだ」
「な、なにこれ? なんで片耳……」
「穂乃花なら似合うだろうと思って。夫婦としてのおそろいだ」
「めっ……!?」
面を食らった穂乃花に深琴は指先で耳飾りをつつく。
そのまま穂乃花の頬を手で包み、惚れっぽい顔をして愛でてくる。
あまりにもやさしい触れ方だったため、穂乃花にはどこが熱いのかわからなくなった。
(やだ……。頬、熱い? 耳も……?)
妙な不愉快さはどこかへ吹き飛んでしまったようだ。
深琴から目を反らし、何度も髪の毛を耳にかけるしぐさをした。
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