第4話「乙女心がくすぐられる! なんてかわいいの!」

ここまでの道中、それなりに苦労した。


小物だがあやかしが出没して深琴が倒す。


穂乃花は恰好が恰好なので外套にくるまって見ているしか出来なかった。


(なんだかんだで器用に戦ってた。……剣が扱えるのね)


だが使用していたのは腰にさげていた二本のうち、一本だけだった。


「そっちは使わないの?」と問うと、折れてるから使えないとのことだった。


なんだかんだと人里までたどりつくも、深琴はなかなかおろしてくれず……。


しばらくしてこの辺りでは一番栄えた町・斎成(さいせい)にたどり着いた。



深琴におぶさった状態では周りの注目を集めてしまい、ムズムズと深琴にしがみつく。


(耳、赤い?)


こうも近ければ肌の色や温度の変化に気づく。


くわえて町に着いてからは深琴の足が速くなったと揺れながらぼんやり考えていた。


目に止まった呉服屋に入ると、入り口手前の畳敷きにおろされた。


外套でしっかりと内側が見えないように重ねると、飛び込んできた客に戸惑う店主に目を向ける。


「一式そろえてくれねぇか?」


「は、はい。承りました……」


そう言ってそそくさと店主は店内の着物を選び出す。


穂乃花はキョロキョロと店内を見渡して、壁の棚に整列された反物を目で追っていく。


ずいぶんと色合いが華やかだと目を輝かせていると、店主が何着かの着物を穂乃花の前に並べた。


「こちらはいかがです? 流行りものだと緑、勝色(紫みのある青)の袴を合わせる方が多いですね」


「……」


こんな組み合わせも……と店主はどんどんすすめてくる。


その様子を深琴はじっと眺めていたが、穂乃花はまったく反応を示さない。


一体どうしたのだろうと深琴が顔をのぞきこむと、目をキラキラさせた女の子がそこにいた。




「わぁぁ、なにこれなにこれ!」


まるではじめてのものにはしゃぐ子どものようだ。


着物を手にとってはキャーキャー騒ぎ、ついには店内を駆けまわって商品を物色しだす。


あまりのはしゃぎように外套がずれて肩が見えそうになる。


それをいやらしい目つきで店主が眺めていたので深琴が咳払いをしけん制した。


楽しそうに着物を物色する穂乃花に歩み寄り、わざとらしく肩を抱き寄せた。


「なっ……なに……」


「気に入ったのはあったか?」


「え………えぇっと……」


もじもじしながら穂乃花は一着指をさす。


矢絣(やがすり)柄の着物を選び、頬をほんのり染めてふわりと微笑む。


「すれ違う人、この模様多かったから」


「……そうか」


その言葉に深琴は甘ったるく笑み、穂乃花の髪を指先でくるくるして遊んだ。


距離感が狂いそうだと短く悲鳴をあげて突き飛ばすと、耳元で「夫婦なんだから」とおどされる。


深琴に抵抗してジタバタ暴れると店主の嫁が出てきたので着付けを手伝ってもらった。


(わぁ、かわいい)


ときめきいっぱいだ。


深琴の前に出ると、めずらしく何も言わずさっさと代金を支払い穂乃花の手を引いた。


外に出ると深琴の後頭部を見ながら大股に足を動かした。


「あの! ありがとう!」


浮きたつ気持ちを込めて深琴に礼を言う。


すると深琴はふてくされて口をへの字にし、パッと手を離した。


「貞操がなんだと騒ぐわりに警戒心がないんだな」


不満を悪ガキのような口調で漏らす。


穂乃花が首をかしげると、深琴は「いや」と否定してなんでもないと言葉を引っ込めた。


一瞬気になりはしたものの、オシャレは穂乃花にとってわくわくするものだ。


深琴と同じブーツを履き、紫の袴を広げるようにくるりと回ってみる。



「すっごくかわいい! なんだかもう……かわいいの!!」


語彙力はどこかへ飛んでいった。


ただただ歓びをあらわそうと背伸びをして緩みっぱなしの頬を両手で包む。


牡丹色のリボンでハーフアップにまとめたあと、同色の組紐で一つに結う。


こんなにも大きなリボンを髪に飾り、鮮やかな着物をまとうとはなんとオシャレなことか。


見たこともない装いが当たり前になっており、先進的だと華やかさに酔いしれていた。


「穂乃花」


不意打ちに名前を呼ばれて動きをとめる。


ちらっと上目に見ると、深琴がじっと穂乃花の顔を見下ろしていた。


強く見られてたじたじになっていると、深琴は穂乃花の手を掴む。


「甘いもの、食べにいくぞ」


***


そこは乙女心をくすぐるもので満ち溢れていた。


真っ白な前かけは布地を重ねてふわふわに。


深紅の絨毯に夕日のような灯り、漆の塗られた艶あるインテリアと飽きがこない。


山奥の村にいた穂乃花にはすべてが新鮮。


早口に質問をしても深琴は嫌な顔一つせずに答えてくれた。


ここまでの道のり、始終深琴はやさしい。


だからこそ殴ってしまった罪悪感がうまれてしまった。


(いや、殴って当然よ。勝手に唇を奪うなんて乙女をバカにしてるわ)


深琴とテーブル越しに向き合う。


艶やかに微笑まれれば恥ずかしくなって視線をおとす。


ステンドグラスの照明が手元を複数の色に染めていた。


「お待たせいたしました。ホットケーキです」


目の前にあらわれたのは白くてふわふわのスイーツだ。


添えられたバターとハチミツをかけて食べるらしい。


銀色のフォークとナイフに苦戦して平な皿が金切り声をあげる。


不格好に切り分けるとぱくりと一口。


バターをつければ生地に染みて触感が変わる。


ハチミツをかければまさに”幸せの味”が口の中に広がった。


「うまいか?」


深琴の問いに穂乃花はホットケーキを頬袋に詰め込む。


ごくりと飲み込むと首がもげそうな勢いでうなずいた。

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