第7話「勾玉集めの理由」
「守里さん、とお呼びしていいですか?」
「えぇよ~。わたしも深琴くんって呼ぼうかな~」
「よろこんで」
(あぁぁ……。守里ちゃん、これ絶対信じてる)
一から説明するのも面倒だと穂乃花はあきらめて真剣に守里に向き合うことにする。
肘を膝にまっすぐに伸ばして肩をはった。
「守里ちゃん! 大事な話があります!」
「わたしもだ~いじな話あるよぉ」
ついにきたと意識すると、表情が強張りだす。
嫌な記憶が脳裏をよぎると冷たい汗が額から流れた。
「大丈夫だよぉ。ちゃんとわかってるからね」
(あ……)
目の前にいるのはやさしい大好きな姉だ。
久しぶりに姉のおだやかさに触れ、穂乃花は瞳に涙を浮かべる。
ずっと勾玉を探さなければと責任感を強めていた。
何もかも自分が悪いと戒める気持ちを抱いていたため、心に鉛がのっかった感覚があった。
心許せる守里に出会ってわずかに肩の荷が軽くなった。
***
それから守里が下宿しているという鍛冶屋に向かった。
「ただいま戻りました~」
「守里さん。おかえり……って」
「客か?」と目を丸くする鍛冶屋の店主。
がたいがよく、ずいぶんと日焼けしておりが物腰が柔らかい。
深琴も身長が高いほうだが、店主はさらに高く見かけは圧が強かった。
だが笑えば幼くなり、トゲひとつなく歓迎してくれた。
「そうかぁ。守里さんの妹さんなんだね」
「はじめまして。妹の穂乃花です。守里ちゃんがいつもお世話になってます」
「夫の深琴です」
何食わぬ顔で言葉を乗せてきたと、穂乃花は瞬時に深琴のわき腹を肘でついた。
「いたた」とわき腹をさすって深琴は守里とアイコンタクトをとる。
守里は店主に奥の部屋を借りると言って、早々に話を切り上げた。
穂乃花は鍛冶屋に並ぶさまざまな武器に圧倒され、ついキョロキョロと見渡しながら奥に進む。
それから深琴の腰にさす剣に目を向け、胸のひっかかりに手を置いた。
奥の部屋に入ると守里が手際よくお茶をいれる。
座布団に正座する穂乃花はソワソワして身体を左右に揺らしていた。
「守里ちゃん、どうしてここに……」
「運よくここまで来れたの。どうしたものかとウロウロしてたら遊佐さんに助けてもらったのよ」
店主の名前は遊佐だと微笑みながら、守里はさらさらと話を進めていく。
守里は意外と大胆で穂乃花の想像を超えることもしばしば。
そして人を見る目もあるので、ある意味で運のよい女性だった。
「勾玉を探してます。最近、あちこちで水害が発生しているのはご存知ですか?」
珍しく丁寧な口調で深琴が話を切り出す。
そのわりにあぐらをかいており、ちぐはぐさが見て取れた。
「知っとるよぉ。八ツ俣のせいやろうなぁ」
「そこまでご存知なら。オレの出身村に巫女様がいます。その巫女様が勾玉を集めて再度封印すると」
(八ツ俣……)
聞き覚えのある名前だと穂乃花は拳を握りしめる。
八ツ俣とはかつて水害を起こして暴れまわっていた化け物の名称だ。
それを穂乃花たち巫女姉妹が封印しようとして……失敗した。
中途半端な封印となり、ついに八ツ俣が出ようとしているのかもしれない。
その影響で水害が発生していると想定された。
当時の出来事は穂乃花にとって忌々しく、許せないもの。
あまりの悔しさに手のひらに爪が食い込んだ。
それに気づいた守里が手を伸ばし、穂乃花の手に触れる。
「その巫女様は姉妹の誰かやろうなぁ。占いでみんなの居場所は調べたのよ~」
「ちょっと待ってね」と一度守里は奥に引っ込み、すぐに地図をもって戻って来た。
地図に書かれた目印を一つずつ指をさしていき、斎成町を示す場所で指を止めた。
「一番近いのは桐野村。次に天満山」
現在地は斎成町、北西に向かって桐野村にたどりつく流れだ。
土地勘のない穂乃花には地図を見ても道のりがまったく想像できない。
「桐野村だとゆっくり向かっても5日から7日程度だな」
深琴が穂乃花にぴたっと身体を寄せ、地図をなぞって道を示す。
急な接近に穂乃花は即座に深琴の頬を押して距離をとる。
赤くなった頬をさすりながら笑う深琴に気持ちは乱され、目尻がつりあがった。
「な、なんなの! そんな密着する必要ないでしょ!?」
「スキンシップだって」
「知らないわよ!」
「二人は仲ええなぁ」
「仲良くないっ!!」
男女二人旅の理由付けとして”夫婦”を表向きにしているが、よくよく関賀れば守里にウソをつく必要はない。
深琴にしてやられたと穂乃花は守里の後ろに駆けこんで、そこから深琴を威嚇した。
「そんな睨むなって」
「守里おねーちゃん! 誤解しないでね! 私たち夫婦でもなんでもないから!」
「あら、そうなん? なら深琴くんがんばらないとねぇ」
「がんばりますよ。オレ、ちゃんと本気なんで」
深琴は嘘を吐くのも大げさだ。
ずっと夫婦だなんだと言い、頬にキスをしたりと勝手が過ぎる。
(私は都合のいい道具じゃないもん)
そう思ったところで自己嫌悪に繋がり、守里の背に額をつける。
(都合よくいっしょにいるのは私だ。深琴がいなければここまでこれなかったのに)
今からでも一人旅に戻った方がいいだろうか。
着物もそろえたので裸を気にする必要はない。
だがここまでよくしてもらって「はいサヨナラ」ではそれこそ失礼だろう。
甘えていられないと葛藤するわりに深琴に依存した形となり、余計に罪悪感が強くなった。
その姿を黙って受け入れる守里はにっこりと深琴に笑いかけて、茶の残りをすすめた。
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