ぼっち少女、痴漢にあっていたクラスで一番可愛い女の子を助けたら、友達になるのを通り越して百合になった

水面あお

第1話 百合の始まり

 今日も今日とて、瀬戸さんは超絶可愛い。


 明るくフレンドリーで、笑うと花が咲いたみたいに美しくて、彼女が教室にいるだけで空気感が明らかに変わる。


 こんなぼっちで陰キャでコミュ障なわたしにも、瀬戸さんは優しくしてくれる。

 

 まさに神みたいな存在だ。


 瀬戸さんを中心として、いつも輪が形成されている。

 

 わたしはその輪に入れない。会話が下手なわたしがそんなところに入ったら、一瞬でもみくちゃにされて、へとへとになってしまう。

 

 だから遠巻きにぼんやりと見ていた。見ていることしかできなかった。

 

 輪の中心で楽しく笑う瀬戸さんの横顔を。


 * * *

 

 ある日、学校に行くために電車に乗っていると痴漢を目撃した。


 可愛い女の子愛好家のわたしには、見過ごせるものではなかった。


 狭い車内で腕を頑張って伸ばし、男の手を追い払うようにぺちんと叩く。

  

 すると、男はまずいと思ったのか手を引っ込めた。


 痴漢にあっていたのは同じ学校の生徒のようだ。

 茶色いサラサラの髪を流し、こちらを振り向く整った顔……ん?


 瀬戸さんだった。


 彼女のくりりとした目が、明らかにわたしの方を向いた。

 そしてクスッと口元に笑みを浮かべた。


 おそらく、お礼……だろうか?


 その笑顔が可愛すぎて、しばらく脳内で再生しまくっていた。

 


 学校の最寄り駅に着き、電車を降りる。

 

 そのまま改札をくぐって通学路を歩いていると、ポンッと軽く肩を叩かれた。


 誰かに肩を叩かれる……こんな青春みたいな体験(?)わたしは初めてだったので、ロボットみたいなカチコチさで後ろを振り向く。


 瀬戸さんの美しいご尊顔が目の前にあった。

 こんな近くで見たことなかったので、あまりのインパクトに心臓は破裂しそうなほど動き出し、熱が全身を支配する。

 

 サウナにでも入ったみたいな暑さなんだけど、今日何月だっけ? 五月か! 八月かと思っちゃったよー。


「相沢さん、さっき助けてくれたよね? ありがとう!」


 天使のような声で、瀬戸さんがわたしにおおおお礼を!?


 録音して無限に再生したくなるほど透明感溢れるボイスでそんなことを言われたわたしは、返す言葉が全く思い浮かばず硬直する。


「あ、あれ?」


 瀬戸さんはわたしの反応に困ったような素振りを見せる。

 

 ああああどうしよう瀬戸さんを困らせている。

 何か言わなきゃ何か言わなきゃ!


「せせせ瀬戸さん! ほ、放課後……つつつ付き合ってください!」


 パニクっていたわたしはなんかとんでもないことを言った。


「うん、いいよ!」


 対する瀬戸さんは……あれ、なぜか平然とした反応だった。


「助けてもらったお礼に、何か奢ろうと思っていたんだ」


 これはつまり、デートとかいうやつなのだろうか?

 と思ったが、女子二人でただお出かけするだけだと気付いて、浮かれていた自分に恥ずかしさを覚えた。

 


 授業が全て終わって、放課後。

 

 部活に励む生徒だったり、友人と帰る人だったり、各々教室から散っていく。

 

「ごめん、今日は予定があって」


 瀬戸さんは友人に遊ぼうと誘われたようだが、断っていた。

 彼らを見送ったのち、わたしの方へ近付いてくる。


「それじゃあ、いこっか!」


 にこやかな笑顔で彼女は自然とわたしの手を取った。

 

 その手は柔らかくてすべすべで温かくて、わたしより少し大きくて、なんかわたしは汗ばんだ手ですみませんって謝りたくなるくらい素晴らしい手だった。


 電車で二駅ほど移動して、やってきたのは商店街。

 ここに美味しいパンケーキの店があるらしいのだ。

 

「相沢さん、パンケーキは好き?」


 可愛い声でわたしの名前を呼んでくれる。

 ああ……天使だ。


「はははははい! すすっすすきです!」


「よかったぁ」


 わたしの噛みっ噛みな返答にも笑わず、突っ込まず、当たり前のように会話を続けてくれる瀬戸さん。

 

 彼女に誘われるがまま、アンティークな店へと足を踏み入れた。

 


 案内されたテーブルに着くと、横に置かれていたメニュー表を瀬戸さんが取り出し、パッと広げた。

 

「どれにしようかな……? あ、値段は気にせず頼んでいいからね」


 どのパンケーキもすごく美味しそうだ。

 

 値段は気にせずと言っていたが、高すぎるものはやめておこうと思う。


「迷っちゃうね」


 眉を下げて困ったように笑う瀬戸さん。とても可愛い。

 ブンブンと首を大仰に縦に振って彼女の意見に同意した。

 

 

 やがて頼む品が決まり、「すみませーん」と瀬戸さんが店員さんを呼んだ。


「このフルーツパンケーキと、クリームたっぷりパンケーキと、アップルティー二つお願いします!」


 上手く話せないわたしの分まで代わりに頼んでくれて、その気遣いに涙が出そうだった。


 パンケーキの到着を待っている間、瀬戸さんがふと口を開いた。


「相沢さんって可愛いよね」


 聞き間違いじゃなければ、なんかすごいことを言われた気がする。

 言葉を認識するのに時間がかかる。

 

 カワ……イイ……? 可愛い?


 わたしが!?


「仕草とかもそうだし、その……反応一つとってもすっごく可愛いなって思って……」


「いえいえいえわたしなんてそんな……瀬戸さんのほうがすんごく可愛いですって!」


 顔の熱を誤魔化すように、声を荒げてそんなことを言ってしまう。

 

 瀬戸さんの顔が微かに赤らんでいた。


「言い過ぎだって……わたしはみんなに好かれるように振る舞ってるだけ、なんだよ?」


「な、なら……本当はどんな感じ……なんですか?」


「……見たい?」


 瀬戸さんが上目遣いで、こちらを見る。

 

 誘惑されたかのように、わたしはこくりと頷く。


「お待たせしましたー」


 そこへパンケーキが運ばれてきた。


「この件は食べ終わってから話そうか?」


「はっ、はいっ!」


 わたしはクリームたっぷりパンケーキに手をつける。ふわふわのクリームが口の中で甘く溶けていく。


 おいしーい……。


 はっ! 瀬戸さんがこちらを見て笑っている!?


「相沢さん、美味しそうに食べるね」


「変な顔を見せてしまってすみません!」


「変なんかじゃないよ。わたしまで笑顔になるくらいに可愛らしいよ」


 また可愛いと言われた。


 ちょっと暑くなってきたのでアップルティーを飲む。って、これホットだった! 余計暑くなった。


 瀬戸さんのことを意識すると緊張でおかしくなってしまいそうなので、パンケーキを食べるのに集中する。


「相沢さん、よかったらなんだけど……一口交換しない?」


 一口交換!? よよよ陽キャのやるあれですか!?


 でも瀬戸さんのフルーツパンケーキすっごくおいしそう。食べたいなぁ。


「ぜ、ぜひっ!」


 声が変なトーンになった。

 恥ずかしくてより身体が暑くなる。


「はい、あーん」

 

「あーん」


 パクリと一口。フルーツの瑞々しさがいい感じにパンケーキと合っていて絶品だ。


 ……ちょっと待ってなんかいつの間にかあーんされてた!?

 なんたる手際の良さ! あーんされたことに後から気付かされた!


「わたしにもあーんしてほしいな」


 縋るような眼差しで瀬戸さんはわたしを見てくる。 


「どどどどうぞっ?!」


 声が裏返りながらもなんとかパンケーキを一口差し出した。

 

 瀬戸さんがわたしのパンケーキを食べてる……。 


「ふふっ、美味しい」


 甘い笑顔を見せてくれた。

 あぁ……可愛すぎるよぉ。

  

 

 

 店を出て、近くの公園に来た。

 

 二人でベンチに座る。

 

 あんまり距離が近いと嫌がられちゃうかと思って適切な距離で……適切な距離ってどのくらいだ……?


 わたしが座る位置を何度も微調整していると、瀬戸さんは告げる。


「わたしね……君みたいな女の子がタイプなんだ」


 座る位置とかどうでもよくなった。

 固まったまま、瀬戸さんの声に耳を傾ける。

 

 タイプ……ですか?

 タイプライターの言い間違えではなく?


「大人しくて、落ち着いていて、でも話すと好きって気持ちを頑張って前面に押し出してくる子が好きなんだ」


 はわわわわ……。


 わたしの頭は沸騰した。茹でダコみたいになった。完全に熱暴走を起こしている。

 

「今日一緒に話して、相沢さんのことが……ううん、綾香のことが好きになっちゃったみたい」 


「瀬戸……さん?」


 赤らめた顔で瀬戸さんはわたしのことを見てくる。


 わたしは急展開に頭が回らなすぎて、ただ彼女の名前を呼ぶことしかできない。


 わわわわたしのことが、すきぃぃぃぃ!?


 というかまってわたしのこと下の名前で呼んでくれたよね!? え、まって!?


「わたしのことも、下の名前で呼んでほしいな」


 あああああやはり聞き間違いではなかったようだ。

 瀬戸さんを下の名前で呼ぶなんて恐れ多いよおおお。胃が痛い。

 

 瀬戸さんのこと下の名前で呼んでる人なんてクラスにいたっけ? いないかも!

 

 ということはわたしが初!? 


「……か、香菜」


 逸る鼓動を抑えながらゆっくりと呼ぶ。 


「ありがと。ふふっ、嬉しいな。好きな人に下の名前で呼ばれるのってこんなに胸が熱くなるんだね」


 あああああ可愛すぎるよおおお。

 

 どうしよう!?

 

 心臓バクバクしすぎて死にそう! これは夢!? 頰引っ張ってみたけど痛いから夢じゃないよおおお!


「ねぇ、綾香さえよければ……なんだけど」


 絞り出すような声で告げる。  


「わたしと付き合ってほしいな」


 彼女はそう、宣言した。

 

 断る理由なんて一つもなかった。

 即決案件だった。

 

「は、はいっ! よ、よろろろしくおねおねがいしままますっ!」


 過去一高鳴る心臓を抑え、わたしは精一杯口にした。


「こちらこそ。末永くよろしくね」


 うまく返答できなかったのに、それを自然と受け止めるみたいに優しく笑ってくれた。

   


 去り際、さり気なく唇を奪われた。


 その唇は柔らかくて温かくて、全身が溶けそうになった。 


 どうやらわたしは、あの有名な瀬戸さん……香菜と密かに付き合うことになったようだ。


 家に帰ってから数時間くらい布団でバタバタしていた。

 なんなら寝る時間になってもバタバタしていた。

 そうしていないと心を保てなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ぼっち少女、痴漢にあっていたクラスで一番可愛い女の子を助けたら、友達になるのを通り越して百合になった 水面あお @axtuoi

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ