第19話
「ツイッターに飴村君の絵を投稿していたのは知っているだろ……」
「僕が言うのもなんですけど、結構人気でしたよね」
「あぁ……。あんな風に大勢に自分の絵を見せるのは初めてだったから……。いいねや感想を貰えると、結構嬉しかった……。勿論ボクだってあの人気は飴村君の美貌と知名度のお陰で、ボクの実力じゃないって事くらい分かっているつもりだったんだけど……」
その通りだと僕は思う。意地悪ではなく、純然たる事実なのだ。ツイッターに絵を上げているアカウントなんか山ほどある。その中にはプロは勿論、プロ並みの画力を持つアマチュアも沢山いて、そんな人達の描く絵ですら普通は大して注目されずに埋もれてしまう。バズる絵なんか時事ネタや風刺漫画、エッチな絵くらいのものだろう。
「……でも、鞍馬先輩の絵を好きだって言ってる人もいましたよね」
「……あぁ。多くはないけど、確かにいた。こんな素人に毛が生えた程度のボクの絵を好きだと言って褒めてくれる人も中にはいたよ。伸びしろがあるとか、将来が楽しみだとか言ってくれる人もね……」
「……良い事だと僕は思うんですけど」
「そうだね。ありがたい話だよ。学生相手のお世辞だとしても嬉しかったし、励みになったのは間違いない。実際ボクはその気になって、以前よりもはりきって絵を描くようになったしね……」
悪い事ではないはずだ。
それなのに、鞍馬先輩の口調はどこか皮肉めいている。
自分自身を嘲笑うような、自嘲めいた薄笑いを浮かべている。
「……それなのに、どうして?」
「……うん」
いよいよ核心に触れるのだろう。
気合を入れるように、あるいは嫌な事から逃げるように、鞍馬先輩はたっぷりと間を置いた。そして観念したようにふぅと浅い溜息を一つ漏らす。
「AIだよ。あれのせいで……。いや、違うか。本質的にはボクの弱さのせいなんだ。それでもまぁ、なにが原因かと言われれば、AIのせいだと言った方が分かりやすいんだと思う。知ってるかい、飴村君。最近のAIは凄いんだよ。今まで一度も絵を描いた事のない素人でも、プロ顔負けの絵を生み出せるんだ」
歪んだ笑みを浮かべながら、鞍馬先輩がスマホを向ける。
美術部のツイッターアカウントで、僕を描いた線画をアップしたツイートだ。
あの日見た描きかけの絵とは違って、素人目にも結構凄いなと分かる出来栄えだ。鉛筆一本で描いたとは思えない精緻なモノクロの線画。写真のように正確かと言えば全然そんな事はないし、細部に注目するとかなり雑というか省略されている部分も多いのだけれど、それが逆にリアルを映し出すだけの写真にはない奇妙な迫力、味わいとも呼べるような雰囲気をこの絵に与えている。
へ~、鞍馬先輩は僕の髪の毛をこんな風に描くんだとか、唇のプリプリ感をこんな風に表現するんだみたいに思わず細部に注目したくなるような、鞍馬先輩のフィルターと個性を通した僕という概念が描かれているように感じる。
そしてそれは間違いなく、ツイッターを始めたばかりの頃よりも確実にレベルが上がっている。上手い下手という単純な画力の話ではなく、どう表現するかに踏み込んだ、どう見せるかを意識した、見る者の目を考えた絵なのだと僕は感じる。
「……良い絵だと思いますけど。お世辞じゃなくて。本当に、凄く良いと思います」
最近はチェックしていなかったけど、鞍馬先輩ってこんなに絵が上手かったんだと僕は感心する。同時にこんな風に真剣に、心を砕いて僕の事を描いてくれた事に感動した。
感動。そんなありきたりで安っぽい二文字では表しきれない色々を僕は感じた。心臓がドキドキして、胸がジーンとして、心がウキウキして、なんだか涙が出そうになる。
鞍馬先輩とエッチしたい。唐突に僕はそう思う。
鞍馬先輩に抱かれたいと言った方が正確なのかもしれない。
好きというのとはちょっと違う。でもそう括っても大きくは違わない、愛しさや尊敬の入り混じった感情を鞍馬先輩に抱く。
前世の雌が強い雄に惹かれてしまう様に。
僕の中の雄が鞍馬先輩という雌の魅力に否応なく惹かれてしまう。
「そう言って貰えるとボクも嬉しいよ。これは一番だ力作だからね。でもダメなんだ。もうボクは、こんな絵は描けないよ。描けなくなってしまったんだ」
「どうして!」
なんだか無性に哀しくなり、思わず僕は大声を出す。
「虚しくなったんだ。好きじゃなくなってしまった。絵を描く事が嫌になってしまったんだ……」
その理由を説明する代わりに、鞍馬先輩はそのツイートのリプ欄を辿って見せた。
賞賛の声が多かった。初見の人もあれば、鞍馬先輩のファン、美術部のアカウントのファンと思われる常連っぽい人達の賛美もある。また上手くなってるとか、今までで一番好きとか、ありきたりなのかもしれないけど、普通に嬉しい誉め言葉だ。
でもその中に、明らかに異質な物が混じっている。
「……なにこれ」
頭の中に撒いたガソリンに火を付けられたみたいに僕はカッとなった。
やり場のない怒りにヒステリーを起こしそうになる。
いや、爆発してないだけでもう僕はヒステリーを起こしかけている。
『AIならもっとすごい絵が5秒で描けるんだが?』
そんなコメントと共に、引用リツイートでAIの生成画像を張り付けている奴がいた。
ムカつくけど、その絵はプロ顔負けの上手さだった。
当たり前だ。AIはプロの絵を学習してるんだから。
『素人の絵をAIで手直ししてみた』
そんなコメントと共に元の絵をAIで再生成した絵もあった。
『今どきAIで誰でも神絵が描けるのにわざわざ何時間もかけて手書きする意味ある?』
そいつはもはや線画ですらなく、フルカラーの僕の裸体を生成してアップしている。
批判のコメントは勿論あるけれど、どれもこれも元の絵よりも沢山いいねやリツイートされている。
クソだ。
ムカつき過ぎて眩暈がした。
こいつら全員シュレッダーにかけてブタの餌にしてやりたい。
そう思いながら、僕は鞍馬先輩の気持ちが理解出来てしまった。
こんな事をされたら誰だって絵を描く事が嫌になると思う。
それは冒涜だった。
芸術に対する冒涜であり、鞍馬先輩という人間に対する魂の冒涜だ。
このクソ共はよってたかって鞍馬先輩をレイプして穢したのだ。
このクソ共はよってたかって芸術を、絵を描くという行為をレイプして殺してしまったのだ。
絵なんか知らない僕にだって理解出来る胸糞の悪い現実だった。
「ボクはもう絵を描けない。描こうとも思えない。そんな事をしてなんになる? 虚しいだけだよ……。本当に、虚しいだけだ……」
そんな事ないと叫ぶだけなら簡単だった。
でもその先は?
僕は鞍馬先輩になんて言えばいいんだ?
慰めの言葉が見つからない。
そもそも慰めの言葉では意味がない。
僕はこの現実を否定したい。
でも無理だ。
だってそれが現実なのだから。
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