第17話
『はい。鞍馬ですけど……』
馬鹿みたいにインターホンを連打したので訝しむようなテンションで鞍馬先輩が出る。
「僕ですよ! なに着拒してんですか!」
『飴村君!? どうしてここに!?』
「どうしてじゃないでしょ鞍馬先輩が着拒するからでしょそれでわざわざAさんに住所聞いてタクシー拾って来たんですよ言っときますけど僕はめちゃくちゃ怒ってるんですよそのせいで学校で怒鳴り散らして関係ない人に八つ当たりしまくってタクシーの人にも怒鳴っちゃって一万円おいて来ちゃったんですよどうしてくれるんですか!?」
『えっ、あ、うん。それはすまなかったと思うけど、家まで来られるのはちょっと……』
「はぁ? なに寝ぼけた事言ってるんですか。僕は心配してるんですよ心配で心配で頭がどうにかなっちゃってんですよ美術部のみんなも心配して部活どころじゃなくて鞍馬先輩の事頼まれちゃって絶対連れて帰るって約束しちゃったんですよ!」
『あ、飴村君、気持ちは嬉しいんだけどあまり家の前で騒がれると迷惑だから……』
「知った事じゃないですよ! 迷惑してるのはこっちなんですよみんな心配で迷惑してるんですよこんな気持ちのままほっとかれる僕達の身にもなって下さいよ寝れませんよ落ち着きませんようだうだ言ってないでここ開けて何があったのか教えてくださいよじゃないとここで先輩に犯されたとかある事ない事騒ぎますよいいんですか!」
怒りに支配された僕の口が僕の思考を経由せず感情のままに喋りまくる。
前世では一度だってこんな風に感情を爆発させた事がないしさせ方すら分からなかった僕だけど今世の男の体では当然のように出来ると言うかある種の安全弁的にヒステリーを起こす機能が備わっていて僕の意思とは関係なく爆発する。
でも今はそれでいいと思う。そうでもしなければ身勝手な格好つけ女の鞍馬先輩の懐に飛び込む事は出来そうもない。
なんにしたって鞍馬先輩の口を割らせない事には始まらないのだ。
そしてそれはこれくらいの強引さと身勝手さがなければ成し得ないと思う。
前世の男が女のヒステリーに勝てないように、今世の女は男のヒステリーに勝てないのだ。
『わかった、わかったよ! ボクの負けだ! 今開けるから勘弁してくれ!』
苛立ちと諦めと困惑が3、3、4くらいの割合の声で言うといかにも嫌々って感じで中途半端に扉が開き仮病がバレたみたいなバツの悪そうな顔で鞍馬先輩が顔を覗かせる。
「……すまない。心配をかけたみたいで――」
「この、バカァ!」
やっとこさ怒りのやり場を見つけた僕の拳が力いっぱい鞍馬先輩のお腹を殴るけどひ弱すぎて逆に僕の手首がグギっとなってめちゃ痛い。
あぁもう! 今世の男の体ときたらなんでこんなに貧弱なんだ!
「いっ、ったぁああああい!」
「あ、飴村君! 大丈夫かい?」
「大丈夫じゃないですよ! ていうかそっちこそ大丈夫なんですか!? いきなり美術部辞めちゃって! どういう事か説明してください!」
僕の言葉に鞍馬先輩はお腹を殴られた時よりもよっぽど辛そうな顔をした。
悲しそうな全然笑っていない乾いた笑みで僕を見つめるとこの世の終わりみたいな溜息を一つ漏らす。
「……あぁ。そうだね……。やはり言わないわけにはいかないか……」
独り言のように呟いて。
「……立ち話もなんだ。部屋で話そう。その、物凄く散らかっているんだけど、勘弁してほしい……」
「いいですよ。そういうの気にしないので」
貞操逆転世界の女の部屋だ。
アポなしでいきなり訪問したんだし、ちょっとやそっと散らかっていても驚きはしない。
僕自身前世では片付け下手でゴミ箱みたいな部屋に住んでいた。
だから大丈夫だと思ったのだけど。
結果を言えば僕は驚いたし勘違いをしていた。
鞍馬先輩の部屋はお洒落だった。
いかにも格好つけの美術部員の部屋といった風で、部屋の片隅にはイーゼルと画材、壁には鞍馬先輩が描いたと思われる結構良い感じの油絵や水彩、棚には高そうな画集が並び、立派な机にはパソコンと液タブが鎮座していたはずだ。
そう、この場合の鞍馬先輩の部屋はお洒落だったというのは小説的な表現じゃなく純然たる過去形だ。
それらが正常な形であるべき場所に収まっていたのなら、きっとお洒落だったのだろうと僕は思う。
でもそうじゃない。
壁の絵は切り裂かれて床に落ち、イーゼルや画材はその上で力士がタップダンスを踊ったみたいにめちゃくちゃだ。棚はひっくり返って画集はビリビリ、パソコンのディスプレイには液タブが突き刺さってモダンアートを気取っていた。
「……なんですか、これ」
あまりの光景に僕は怒るのも忘れてしまった。
「だから言っただろ。散らかってるって」
お願いだからそんな顔で笑わないで欲しい。
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