第16話
「ふざけんなバカヤロー!」
やり場のない怒りに思わず僕は叫んでしまう。
そして気付く。
廊下を往復しすぎて脚がガクガクになっている事に。
怒った顔で電話しながら廊下を往復しまくったせいで通りかかった生徒達が何事かとそこら中で足を止めて僕の様子を伺っている事に。
その中にはてっしーも混ざっていて僕の怒声に唖然仰天している事に。
彼女達は僕の事を心配し隙あらば声をかける機会を伺っていたらしい。
たまたま目が合ったてっしーを意味もなく睨みつけると「いや、え? あたしは悪くないでしょ!?」みたいな感じでブンブン首を振った後おっかなびっくり僕の所にやってくる。
「なにかあったの?」
「なんでもない」
「いや、なんでもなくないでしょ」
「てっしーには関係ないから!」
完全にとばっちりの八つ当たりだと分かっていても僕は声を荒げてしまう。
この世界の男の体に流れる前世とは異なる男性ホルモンの働きのせいで僕はヒステリーを起こして自分の感情をコントロール出来なくなる。
鞍馬先輩が僕は勿論美術部のみんなにすら相談なくいきなり美術部を辞めてその理由すら教えてくれない事やその背景や心理状態を想像して感じる不安や心配や細々とした感情が僕の意思とは関係なくひとまとめにされて怒りに変換される。
こんな事で怒っても仕方ないし怒りたくもないし無関係のてっしー他大勢に八つ当たりもしたくないしこんな姿も見せたくないけど僕は怒らずにはいられなくてこの場に無関係な人間がいる事やこんな状態の僕に話しかけて来る事が無神経に思えてとにかくイライラする。
もはや僕は怒る為に怒っているような状態になっていて誰に何をされてもイラつくしなにもされなくたってイラつくような最低の状態になってしまう。
挙句の果てに僕はそんな状態になっている自分自身にもイラついてとにかくその場を後にする。のしのしと床に八つ当たりするみたいに歩きながら僕は必死に怒りをコントロールしようと務めるけれど絶対に無理で僕の頭の中は鞍馬先輩の事でいっぱいになっている。
心配で心配で堪らなくてその気持ちが怒りを燃やす燃料になり僕をぶちキレ暴走特急に変えてしまう。
それで僕はダメ元で美術室に向かってみるとAやBや新たに増えた美術部の面々が鞍馬先輩に対する心配を怒りではなく絵にぶつけて消化しようとしているけど上手くいかなくてお通夜みたいな空気になっている。
そんな所にキレ散らかした僕がやってきてみんな何事かとビビるけど僕は気にせずAに詰め寄り有無を言わさず鞍馬先輩の住所をゲットする。
「ダヴィンチの家に行くつもりなんですか?」
「そうだよ! 年賀状でも出すと思った!?」
意味不明な八つ当たりをしてしまう僕にAはビビって「ごめんなさい」と謝ってから「ダヴィンチの事、よろしくお願いします!」といきなりデカい声で頭を下げて僕を驚かせる。
Aも自分の大声にビックリしてまた「ごめんなさい」と謝ってから胸のモヤモヤを吐き出すように僕に言う。
「飴村君に頼むのはお門違いだとは思うんですけど……。あたし達もみんなダヴィンチの事心配してて、だから……」
Aはその先を言葉に出来ないけど気持ちは痛いくらいに伝わって僕も鞍馬先輩が心配なのは僕だけじゃないかったんだっていう当たり前の事を実感してその瞬間にヒステリーが終了する。
僕の心は理由もなくこの世を終わらせたがるトチ狂った破界神から魔王討伐の使命を託された勇者の心地に変化してやり場を失くして怒る事しか出来なかった気持ちが正しい行き場を見つける。
「任せて! 鞍馬先輩は絶対に連れ戻すから!」
と何の根拠もない安請け合いをすると僕はその足でタクシーを拾い鞍馬先輩の家に直行する。
車の中で鞍馬先輩が美術部を辞めるに至る理由を色々考えるけど僕にはさっぱり分からない。少なくとも引っ越しとか家庭の事情ではないような気もするけどそれだって事情次第だし、でもそれにしては鞍馬先輩の態度は自責的でやっぱりそういうのではないような気がする。
爪を噛みながらグルグルグルグル考える内にまた僕はヒステリーを起こしそうになりタクシーの運転手さんにお客さん可愛いね、モテるでしょみたいな声のかけられ方をしてキレてしまう。
「うるさい、話しかけないで。機嫌悪いのわかんない?」
「すいません……」
人の良さそうな運転手のお姉さんが心底申し訳なそうにしょんぼりする様にあぁもう僕はなにやってんだバカバカバカと自分に腹が立ち降りる時に「八つ当たりしてごめんなさい」と一万円を置いて降りる。
罪滅ぼしとかお詫びの気持ちだけど自分の失態を金で解決しようとする僕自身のズルさにまた苛立つ。
それもこれも全部鞍馬先輩が悪いんだ。
いきなり美術部を辞めるなんて。
僕に理由を言ってもくれないなんて。
それくらい僕は鞍馬先輩が心配だった。
普段はクールなサバサバ系の美少年を気取っているけど本当は全然普通に重い奴なのだ。
ちくしょう!
とにかく僕は鞍馬先輩の住む小奇麗な一軒家のインターホンを押しまくる。
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