第15話
いつも通り美術部の部室に行ったら廊下の前が混沌としていた。
見た感じ、美術部の人とデッサン会の参加者が揉めてるらしい。
「どうしたの?」
今や立派な美術部員に成長した元幽霊部員の二人に尋ねる。
「あ、飴村君!?」
「それが、ダヴィンチが急に部活辞めちゃって……」
ダヴィンチって誰だっけ? とはならない。
僕が呼んでないだけで、周りはみんな鞍馬先輩の事をそう呼んでいる。
それは全くどうでもよくて僕は雷に打たれたみたいにショックを受ける。
本当に自分でもビックリするくらい衝撃的だ。
リアルに眩暈を感じて胸が苦しくなる。
その事に戸惑いながら僕は尋ねる。
「なんで」
「それがあたし達もわかんなくて……」
「さっき急に部活辞めるってライン来て。デッサン会の仕切りとか全部ダヴィンチにまかせっきりだったから困っちゃって……。そういうのがよくなかったのかなぁ……」
三人でヒソヒソ話をするけれど、そうしている間にも集まった参加者がまだ? 飴村君のエッチなコスプレ見れるって聞いて楽しみにしてたんだけど! と苛立ち始める。
新規の参加者はまるっきり下心目的でそれを上手く美術の世界に誘うのは鞍馬先輩の役割だった。この半ば不純で純粋な会が成立していたのはほとんど鞍馬先輩の人柄というかキャラのお陰と言っても過言じゃない。
おんぶにだっこのAとBではこの混乱をまとめる事は出来ないだろう。
「ごめんなさい。急に精理来ちゃって。今日は中止でお願いします」
僕が言うと集まった有象無象はよくわかんないけど精理じゃ仕方ないかみたいな感じで素直に退散する。
「あ、ありがとう飴村君!」
「おかげで助かりました……」
「それはいいけど、鞍馬先輩が辞めたってどういう事? なんでもいいから心当たりない?」
「ん~……」
と二人が顔を見合わせて、アイコンタクトでこれ言ってもいいのかなぁ? みたいな雰囲気を出す。
「なにか知ってるでしょ。いいから教えて!」
情報を引き出す為に僕はわざと焦った様子を見せる。
実際ちょっと焦っている。
だって鞍馬先輩が美術部を辞めるなんてこれっぽっちも思っていなかった。
そんな予兆もなかった。
でもそれは僕が気付かなかっただけで絶対にあったはずだ。
よく考えてみるまでもなく僕と鞍馬先輩は週に一度のデッサン会で会うだけでそれ以上の接点はない。会話だって開始と終わりの雑談タイムにちょっとという程度だ。
僕は鞍馬先輩の事を何も知らないと言っても過言じゃない。
家族の不幸とか、急な引っ越しとか、よくわかんないけど、突発的な理由だってあり得ると思う。なんでもいいから僕は理由が知りたい。僕は鞍馬先輩が心配だった。
「本当、あたし達もよくは知らないんですけど……」
「ダヴィンチって軽そうに見えて自分の事話したがらないし。弱みを見せるのが苦手って言うか……」
それは分かる。
鞍馬先輩は格好つけというか、自分の良い所しか人に見せようとしない。三枚目を演じる事はあるけれど、本当にダメな部分は極力隠そうとしている。
だから余計に心配なんだと思う。
「で、なにがあったの」
「いや、本当知らないんですけど……」
「なんとなく最近元気ないって言うか。絵を描くのが嫌になっちゃったみたいな感じで……」
「絵を描くのを嫌になった? 鞍馬先輩が?」
信じられない。
鞍馬先輩に限ってそんな事絶対ないように思える。
鞍馬先輩はスケベだし、芸術をモテる事に利用する大の男好きだ。
でも、男好きである事と同じくらい芸術を愛し、絵を描く事を好いている。
というか、絵を描く事は鞍馬先輩にとって息を吸う事、水を飲む事、食事を摂る事、ウンコをする事と同じで、それをするのは当然だししなければ苦しくて生きていけないというような類の物だと思っていた。
「いや、確証はないんですけど……」
「絶対そうだよ! だってダヴィンチ全然楽しそうじゃなかったもん! あたしらの前だから仕方なく描いてるみたいな感じだし、筆だって全然乗ってなかったじゃん!」
それ以上の事は二人も分からないらしい。
やんわりと聞いてみてもははぐらかされるだけだとか。
まぁ、僕も男だから理解は出来る(今世の女性の気持ちは分かるという意味で)。
親しい相手、特に同性の友人には弱みを見せたくないものだ。
これ以上ここにいても仕方ないので僕は直接鞍馬先輩に聞くことにする。
デッサン会の予定を立てるのに連絡先を交換している。
男好きの癖に変に生真面目な所がある人だから、デッサン会以外の事で連絡してくる事はほとんどなかったけど。
とりあえずラインを送る。
『先輩! 美術部辞めたって聞いたんですけど!』
あまりにも直接的で不用意な文面だけど美少年なら許される。
そういう謎の度胸が持てる所が美少年の強みだ。
ダメだったら後で謝ればいい。
とにかく僕は心配で仕方がない。
既読がつく。
でも返事はない。
『先輩! 無視しないで! 見てるんでしょ!』
返事はない。
『先輩が始めた物語ですよ! 僕に断りもなく勝手に辞めちゃうなんて不義理じゃないですか!』
ビックリマークを多用しすぎている気がする。
これじゃあミステリアスなダウナーキャラが台無しだ。
実際それは僕のブランディングみたいなもので、本来の僕は結構人懐っこい奴なのだ。
それはともかく、このメッセージで返事がなかったらヤバいと思う。
鞍馬先輩は適当だけどいい加減な人じゃない。
むしろ真面目で義理堅い人だと思う。
そんな人が今の文言を無視するとしたら余程の事だ。
『ごめん』
返事が来て僕はホッとする。
『ごめんじゃなくて、なにがあったのか教えてください』
返事はない。
じれったくて僕はイライラしてくる。
この僕をこんなにやきもきさせるなんて!
フーフーッと息を荒くしながら必死に待つ。
『すまない。本当に。不甲斐ないボクを許してくれ』
『イヤです』
返事が途切れる。
『話しましょう。今どこですか?』
『今は無理だ』
『どうして』
『お願いだからボクなんか放っておいてくれ』
『勝手な事言わないで下さい! もう電話しますからね!』
我慢出来なくなり僕は鬼電する。
鞍馬先輩は居留守を使う。
僕は廊下を端から端まで意味もなく行ったり来たりしながら電話をかけまくる。
かけてかけてかけまくり、最後には電話が通じなくなる。
着信拒否されたのだ。
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