第11話
「じょ、冗談だよ! 緊張を解そうと思ってね! ちょっとしたジョークさ!」
「嘘乙。絶対本気だったでしょ」
「だって!? 絵のモデルと言ったらヌードと相場が決まってるだろ!?」
無視して出て行こうとする僕を鞍馬先輩が必死に引き止める。
簡単に土下座して例の軽薄な誉め言葉を激安スーパーのポップみたいに大安売りしてあの手この手で僕を脱がそうとする。
そのやり口がバカすぎてついつい僕も鞍馬先輩のペースに乗ってしまう。
バカみたいなやり取りが10分くらい続き、僕は勝利する。
脱ぐのは靴と靴下だけ。
このお猿さん相手にそこまで死守出来たら僕の勝利と言っていい筈だ。
それで僕は机の上に腰かけて鞍馬先輩のエッチな注文に文句をつけてまた10分程言い合いになり普通に膝を組むポーズで妥協となる。
これもやっぱり僕の勝利と言えるはずで、内心僕はやり返した気分になりスッキリする。
でもそれは最初だけでデッサンを始めた鞍馬先輩が数秒ごとに「あぁ可愛い」「なんて綺麗な生足なんだ」「美しい」「頬ずりしたい」「指先をキャンディーにして頬張りたい」「こうしているとローファーで蒸れた飴村君の足の匂いが香ってくるようだ」とか幸せそうに呟くせいで負けた気になってしまう。
僕は当時ですら普通にビッチで知らない女の人に裸を見られるどころかチンチンをキャンディーみたいにチュパチュパされても全く平気で恥ずかしくなかったにもかかわらず、制服に素足という全然恥ずかしくないはずの格好でモデルをしてるだけなのに物凄く恥ずかしい気持ちになってしまう。
お腹の底がキュンとして相棒がムズムズして意識しないと大きくなりそうになる。
普段ならそんな事全く気にしないのにこの状況と鞍馬先輩の前だと絶対に勃起したくなくて僕は妙に緊張してしまう。
「黙らないと帰りますよ」
しまいには照れ隠しでそんな事を言って本気で帰ろうとするような素振りを見せる。
「動かないで」
恥ずかしい事をブツブツ言いながら絵に没頭していた鞍馬先輩が突然真顔で大声を出し僕は不覚にもビビってしまう。
僕はまたしても恥ずかしくなりなんでもない風を装うけどこんな時ばかり鞍馬先輩は鋭くて僕がちょっとだけ怯えている事に気づいてしまう。
「す、すまない! 飴村君が可愛すぎて夢中になっていたんだ! 芸術家の悪い所だね、ははは!」
とか言って誤魔化す。
なんだよそれ。
バッカじゃないの?
と思いつつ僕は内心ちょっと格好いいなと思ってしまう。
前世は勿論今世でも、僕は心から夢中になれるなにかに出会えず、見つけられずにいる。
だからだろうか、なにかに夢中になっている人の事を無条件で格好よく思ってしまう。
モデルなんか退屈だと思っていたけれど、鞍馬先輩がそんなだから意外に早く時が過ぎる。
僕も僕で、ぶつぶつ僕の事を褒めながら真剣に鉛筆を動かす鞍馬先輩を眺めているのはなんか楽しくて飽きない。
その内僕はカンバスの向こうにどんな絵が描かれているのか気になってくる。
楽しみになり、ワクワクしてくる。
鞍馬先輩には僕がどのように見えているのだろう。
鞍馬先輩の芸術は僕という人間をどのように描くのだろう。
やがて鞍馬先輩はフゥッとやり遂げたような息を吐きスイッチが切れたのが見ていてわかる。
「出来たの?」
「まさか。一時間や二時間で出来るものじゃないよ。暗くなってきたからね。今日はこの辺にしておこう」
「えぇ……。一度きりのつもりだったんだけど……」
「無理にとは言わないよ。一度でも君のような素晴らしいモデルを相手に絵が描けたんだ。この経験はボクの一生の宝物になる!」
「大袈裟な」
「本気でそう思うのなら鏡を見てみるべきだね。お世辞抜きで君程の美少年は見たことがない。描いていても楽しかった。本当に」
しみじみ言いながら、鞍馬先輩は名残惜しそうにカンバスに視線を落とす。
「……まぁ、中途半端ってのも気持ち悪いし。描き終わるまでは付き合ってあげても良いけどですけど」
「本当かい!? それは助かる! それなら明日も――」
「それは無理。予定あるから。多くても精々週一くらいかな」
実際僕は忙しい。
セフレだって沢山いるし、やりたい事も色々ある。
それに……。
色んな意味でモデルは疲れた。
こんなの毎日やってたら身が持たないし勿体ない気がする。
楽しい事はちょっとずつ、ゆっくり味わいたい。
「ふむ。じれったいけど、それくらいの方が丁度いいのかもしれないね! その間にボクも練習して気持ちを高めておくとしよう!」
なんだかセフレの相手をしてるみたいだと僕は思う。
そう思うと鞍馬先輩の事を変に意識してしまう。
付き合ってはいないけど、僕はセフレの事をちゃんと意識している。
エッチしてるんだから当然だし、そうでなければする気にもならないのだけど。
鞍馬先輩にそういう感情を覚えるのはなんか悔しい。
「ねぇ、先輩。それ、見ていい?」
「いいけど、まだ下書きだよ」
少しだけ恥ずかしそうに、先輩はカンバスをこちらに向ける。
言葉通り描きかけの線画だ。
絵心のない僕にはどうとも判断できない。
下手ではないけど上手いとも断言できない、そんな絵だ。
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