第10話
僕の芸術の為に一肌脱いでほしい。
鞍馬先輩の頼みは文字通り、僕にデッサンのモデルになって欲しいらしい。
「お断りです」
だって誰が見てもそれは僕と関りを持つ為の口実で、ワンチャン僕にエッチな格好をさせられるかも、裸を拝む事が出来るかも! 的な下心が見え見えだった。
それ自体は別にいい。
女の子に求められるのはイヤじゃない。
下心でも、可愛いとか魅力的だと言われたら悪い気はしないし、下心を持たれる事自体が僕の可愛さとか魅力の証明になって気持ち良い。
でも安売りをするつもりはない。
してもいいかなと思う時もあるけれど、度を越せば災いを呼び僕も相手も不幸になる。
過去の経験で僕はそれを学んでいる。
モテるからといって調子に乗ってみんなに良い顔をしていたら困るのは僕なのだ。
それに、出会いの件もあって僕は鞍馬先輩に腹を立てていた。
嫌いになったわけじゃない。
むしろ面白くて好ましい女の子だと思う。
でもこの通り、僕は前世持ちで、精神的には同世代より年上だし、泣く子も見惚れる美少年様だぞという自惚れも少しはある。
そんな僕が久しぶりに恥ずかしさを感じ、タマタマをヒュンヒュンさせられた。
なんか悔しい。
なんかムカつく。
だから話だけ聞いて断ってやろうと思った。
少なくとも今、この場では。
でも鞍馬先輩はしつこい。
「飴村君は美しい! まるで生きた芸術だ! 芸術という概念そのものだ! そんな君の姿を絵に残さないなんて人類史における美術的な損失だよ!」
「画像じゃだめだ! あんなものでは君の表層は描けても実在は描けない! 君の魅力は薄皮一枚の凹凸の配置の結果じゃないだろう? 飴村君という名器に注がれた人生という名の美酒の薫香が加わってこそさ!」
「美とは、芸術とは、客観的な物なんだ! 携帯のカメラは飴村君を飴村君としてしか写さない。でもボクは、芸術家は、飴村君に美と芸術の男神を見出し、それを描く事が出来る。優れた芸術家は優れた観察者であり、大衆にそれを知らせる義務がるあるんだ! これほどまでの美しさをボクとキミ、この学校と小さな町の中一つで完結させてしまうのは罪な事だと思わないかい? ボクは思う! 君の美を、可愛さを、飴村光という神秘の光を、遍く世界、宇宙に広めなければ! きっとボクはその為に――」
「あぁもう! わかりました! わかりましたよ! モデルになってあげますから、ちょっと黙って下さい!」
悔しい。
恥ずかしい。
この僕が、泣く子も見惚れるチート級の美少年が、こんな軽薄な褒め殺しに負けてしまうなんて。
でも、そこが鞍馬先輩の凄い所だ。
確かに彼女は下心の塊だ。
これは絶対に間違いなく確信をもって言えるのだけど、僕にモデルを頼むのは百パーセント純粋に僕のエッチな姿を間近でじっくり拝みたいからだ。
けど、それはそれとして、彼女は本気で僕の事を美と芸術の男神の化身とやらだと思っている。そう思って差し支えないくらい美しく可愛いと確信している。
だから恥ずかしげもなく、やましさもなく、こんなバカみたいな誉め言葉を無限に吐ける。
バカだから。
ドスケベだから。
そのバカでドスケベのクソバカに負けた僕はなんだという話になる。
ムカつくからそこで考える事をやめにする。
僕は美術室に招かれる。
油絵の具の臭いがかすかに香る。
沈み始めた夕日が窓の端から教室を覗いている。
広い美術室には僕と鞍馬先輩しかいない。
そこで初めて僕は部員が三人しかいない事、その内二人は数合わせの幽霊部員である事を知る。
騙されたと僕は思う。
最初からモデルなんてただの口実である事は分かっていたけれど、それでもなんか騙された気分になる。
鞍馬先輩は僕が向ける猜疑心の目に全く気付かず、正月と誕生日とクリスマスと夏休みと冬休みと楽しみにしていた新作ゲームの発売日が同時に来たような顔でウキウキしながら汚れた白衣を羽織る。
「ははは! 楽しみだ! 飴村君をモデルに絵を描けると知ったら部員も増えるぞ!」
それで僕はもう一つ騙されたと思う。
遠回しな手を使い、鞍馬先輩は部員集めに僕を利用するつもりだ。
でも、別にそれについては嫌だとは思わない。
むしろ下心以外の理由もあると知って少しだけ見直す。
バカでドスケベで軽薄だけど、美術を愛する心は本物らしい。
それを自分一人ではなく、他の仲間と共有したいとも思っている。
そういう純粋さは好ましい。
好ましいものは好きだ。
だって好ましいんだから。
そういう綺麗な物の手助けになれるのなら、一肌脱いでやろうという気にもなる。
「じゃあとりあえず裸になってくれるかな?」
「お邪魔しました。二度と話しかけないで下さい」
ぶち壊しだよバカ。
ちょっとでもこのバカの事を見直してしまった自分が恥ずかしい。
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