第2話
痴漢女はこの世の終わりみたいな顔をして「ぇぁ、ぁ、ぁ、ぁ……」と哀れ味のある呻き声を発する。
痴漢の末路はどの世界でも同じだ。
彼女は掴まり、職を失うだろう。
不景気なのも同じ事で、彼女は路頭に迷うだろう。
自業自得と言えばそれまでだ。
だって痴漢をしたんだから。
相手が僕でなく、普通の男の子だったなら、普通に心に傷を負い、電車に乗れずに不登校になるかもしれない。
でもそうじゃない。
幸いにも、あるいは不幸にも、相手は僕だ。
相手が僕じゃなかったら、彼女だって我を忘れて痴漢なんかしなかったかもしれない。
僕がミニスカートのノーブラという痴女ならぬ痴男同然の恰好をしていなければ、彼女だって痴漢には走らなかったかもしれない。
あるいは、そうでなかったかもしれない。
彼女は普通に痴漢の常習犯で、僕の他にも被害者がいて、同情の余地なんかないのかもしれない。
神様ではないので僕にはそこまでの事は分からない。
でも、僕としては僕のせいでこの地味可愛い系のおっぱいクッソデカお姉さんが前科者になって路頭に迷うのは気分が良くない。
この世界に美少年として産まれた僕はその魅力で女性を惑わし弄びたいと思っているけど、不幸にしたいわけじゃない。むしろ幸せになって欲しいとすら思っている。
もちろんそれは僕のエゴだ。
もしこれが前世と同じ世界で、僕が美少女に生まれ、相手が小汚いおじさんだったら普通に警察案件だろう。
僕にはほんのり前世の記憶があり、その価値観に引きずられて女性を特別扱いしてしまっているに過ぎない。
でもしょうがない。
それが僕なのだ。
誰が悪いと言えば、やっぱり神様が悪いと思う。
前世の記憶がなかったら、僕だってこんな風にならずに済んだのだ。
「違います」
と僕は言う。
神々の園に響く妖精の笛の音のような声が車内に響く。
大きな声ではなかったけれど、聞き逃した人は一人もいない。
僕の声は魔笛のような力を持ち、半ば強制的に女達の注目を集め聞く気にさせる。
誰もがキョトンとしている。
痴漢女ですら不思議そうに僕を見つめている。
僕は痴漢女の太く柔らかい腕にギュッと抱きつく。
痴漢女の身体がギョッとして強張る。
この世界の女達は皆アマゾネスみたいに屈強だけど、それはそれとして女性的な柔からさ、温かさ、好ましさをしっかり備えている。
「この人、僕の彼女です。紛らわしい事しててごめんなさい。ちょっとイチャイチャしてただけなんです」
「えっ!?」
痴漢女が濁点が百個ついたような声を出す。
いやいや、庇ってるんだからそこはちょっと察してよ、と思うけど、痴漢した相手に庇われたら驚くのも無理はない。
痴漢女はこの世界的には冴えない見た目だし、僕はこの通り神話級の美少年だ。
僕が痴漢女と付き合ってるなんて話も信憑性に欠ける。
実際みんないやいや嘘でしょって顔をしている。
でも僕は動じない。
こんなのは言ったもん勝ちだ。
それでお姉さんにいいから合わせてと目で合図を送ると、お姉さんもやっとその気になって大慌ててブンブン頭を縦に振る。
「そ、そうなんです! あははは……」
引き攣った笑い声が虚しく響き、車内が変な空気になる。
もしかしてこの子、弱みでも握られてるんじゃ?
そんな空気が漂い出すけど、その辺で駅に着いたので僕は痴漢女の手を引いて無理やり電車を降りようとする。
「ぇ、いや、まだ降りる駅じゃ……」
「いいから降りるの!」
僕だってまだ降りる駅じゃないけど、あのまま電車に乗っていたら誤魔化せない事はないにしてもちょっと色々面倒だ。
幸いみんな自分の都合や仕事を優先して、電車を降りてまで真実を解明しようとする物好きはいなかった。
降りたのはちょっとした飲み屋街のあるような駅で、平日の朝っぱらだから人の気配はほとんどない。
痴漢女は暫くアホ面で思考停止に陥っていたけど、不意にハッとして思いきり頭を下げた。
「ご、ごめんなさい!? でででで、出来心だったんです!? その、君があまりにも可愛くて!」
「知ってるよ」
「え?」
「こういうの慣れてるから」
電車に乗ればかなりの高確率で痴漢される。
それが分かっていて男性専用車両に乗らなかったのは僕だ。
痴漢されたかったわけじゃないけど、今日はなんかかったるくて、ホームの端まで歩く気になれなかった。
ただそれだけの話なんだけど。
痴漢のお姉さんはアホ面で僕を見つめると不意にハッとした。
「………………お、お金ですか!?」
「いや、別に強請るつもりでもないけど」
「じゃあなんで……」
不思議そうな顔をしつつ、お姉さんの目の奥にもしかしてこれ、ワンチャンある!? みたいなエロい妄想の色が浮かぶ。
馬鹿だなぁと思いつつ、僕は微笑ましくて笑いそうになる。
よくは覚えてないけれど、多分前世の僕も同じような馬鹿だったのだ。
男だったらキモいけど、女の人がバカだと愛らしく見えるから不思議だ。
「なんでだと思う?」
意味深な笑みで尋ねると、お姉さんが「うっ」と上擦った呻き声を発する。
僕にはお姉さんがエロ漫画みたいな妄想を繰り広げているのが手に取るようにわかる。
それで僕は不覚にもちょっと興奮してしまう。
この世界の男の性質なのだろうか。
視覚的な物よりも、匂いとか雰囲気とかシチュエーションとか、形のない物にエロスを感じてしまう。
スカートの中で
多分僕はこの世界の男の中ではかなりエッチな方なんだと思う。
そうでなければビッチになったりはしないだろうし。
お姉さんはあれこれエロい妄想を繰り広げ、ゴクリと喉を鳴らすけど、僕の質問には答えられず、「えっと、その……」とどもるだけだ。
処女丸出しのムーブに僕のお腹の奥がキュンとして、タマタマが重くなるような気配を感じる。
ふんわり残った前世の記憶、経験と価値観が僕を興奮させる。
抑えようと思えば抑えられるけど、もう電車の中じゃないからその必要もない。
「正解は、ビッチだから」
「ビッ!? えぇ……」
困惑と驚きとドン引きの表情は一瞬だけですぐに下心丸出しのニヤけ顔に塗りつぶされる。
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