第4話


 両家はとっても仲が悪いが、領地は隣同士である。

 そのままでは余計ないざこざで民が困るということで、両家の領地の境には、王領の街がぽつんと存在する。


 俺がその街に辿り着いたのは、昼を少し過ぎた時間帯。


「お腹が空きました~休憩しましょうよぅ」

「仕方がないな…何か適当に買ってこい」

「屋台でいいですかぁ」

「腹がふくれれば何でもいい」

「ふとっぱらぁ!」

「首にするぞ」


 こいつめ。


 やる気のないお調子者を追い立て、俺は小さな広場の噴水の縁に腰掛けた。

 単騎で駆けてきたので、馬を休ませる意味も兼ねて休憩は悪くない。

 本来なら護衛を引き連れて移動すべきだが、置いてきた。連れて歩けば戦争になりかねない。


(護衛は武装しているからな。武装した状態で敵地に赴いて、ただ婚約者に会いに来ましたなど信じられるはずがない。俺がフィロメナ嬢に会うためには、敵意がないことを理解させねばならないな…)


 貴族の令嬢だ。邸の中でひっそり生活していることだろう。

 以前届いた絵姿も、手紙同様処分されてしまった。なので彼女の姿は知らないが、ヒェイト一族らしく、黒髪であることは聞いている。

 噴水に腰掛けてぼうっとしていると、教会の鐘が鳴った。


「…不思議な時間に鳴るな」

「そうですね。もしかしたら結婚式でもやっているのかも」


 甘いクレープと焼き菓子を買ってきたヨウプが俺の独り言に返事をした。俺にクレープを差し出して、自分は焼き菓子を頬張っている。屋台で売っている焼き菓子を買い占めたな。


「いいですよね結婚式。俺はお相手がいないので経験できるか未知数ですけど。ヒルベルト様は盛大にやるんでしょう結婚式。我がズワルトヒェイト家の威信に掛けて目に物見せてやるって息巻いていましたよ」

「式で息巻くのに婚約を邪魔しようとする心理がわからない」


 そもそも婚約が上手くいかないと結婚できないと理解しているのか?

 まさか何をしても向こうが従うと思っているのか? あれほど苛烈に争っていながら?

 ヨウプが買ってきたクレープをかじりながら顔をしかめた。甘すぎる。


「まあそれは、ヒルベルト様がしつこく手紙を出す所為では?」

「意味が分からん」

「あれですよ。よくもうちの息子を誑かしたなーって恨めしい気持ちがあるんでしょう。奥様も」

「………………………………は?」


 何を言われたのか、よくわからなかった。


「だから、あれですよ。婚姻は王命だから仕方がないとはいえ、自分の息子が宿敵の娘と仲睦まじく手紙のやりとりだなんて受け入れられないってやつです。多分相手に素っ気なく接していたら安心してましたね。なのにヒルベルト様ってば執着が酷くて。三日に一度手紙を出すなんて仲良し婚約者でもしませんよ。そんなに相手に執着していたら、うちの子が誑かされたーって母親が発狂してもおかしくないですって。相手は宿敵ウィットヒェイトなんですし」

「何を言っている…?」

「あれ、無自覚ですか? うーんヒルベルト様馬鹿真面目だからなぁ」

「お前本当に首にするぞ」

「だってよく考えてみてくださいよ。三日に一度ですよ? いくら何でも手紙出し過ぎです」

「なんだと…?」

「相思相愛を通り越して過度な執着粘着独占欲で塗れたストーカーかと疑い出すくらいです」


 ヨウプの発言に、衝撃を受けた。

 手紙が破棄されたタイミングがつかめないため、とにかく手当たり次第に手紙を送っていた。数打ちゃ当たると言わんばかりに送っていた。とにかく交流せねば始まらないと思っていたからだ。

 勿論手紙を破棄するなと命令したが、夫人の指示に従う物ばかりで意味はなかった。こちらも意地になっていたとは思う。思うが、しかし。


 出し過ぎだと。


(…つまり俺は…正気を疑われるほど相手に手紙を出し続けていたのか…!?)


 ストーカーレベルなんて、怯えられていたのでは。


(三日に一度届く手紙。繰り返される同じ言葉。受け取った側はどう受け止めている? まさか恐怖して、手紙の返信は『もうやめてください』とかだったんじゃ…)


 自覚したら血の気が引いた。甘いクレープが胃に貼り付いて胃もたれする。

 俺はふらりと立ち上がった。


「…ちょっと懺悔してくる」

「じゃあ俺その間におかわりしてきますね」


 帰ったらこいつ本気で首にしよう。


 不思議な時間帯に鳴った教会の鐘。何か行事が行われていても、礼拝堂は開放されているはずだ。そう信じて、青い空に浮かぶ教会の鐘を目指して歩を進めた。


 そして辿り着いた、こぢんまりとした教会。


 十人ほどしか入らない小さな礼拝堂。教会の中も質素で、王領とは思えない程節約された教会だった。しかし礼拝堂から見上げた天井のステンドグラスがとても見事で、日の光を通して教会の床が極彩色に照らされている。こぢんまりとしているが、質素だが、拘るところはこだわり抜いた教会のようだ。


(ここで結婚式を挙げればさぞかし…だが、誰もいないな。先程の鐘は何だったんだ)


 不思議に思っていると、再び鐘が鳴らされた。

 時間の関連性が分からないと首を傾げながら教会の外に出る。

 外に出たタイミングで鳩が飛び立つ。鐘の音に羽音が紛れて遠ざかった。

 その羽根の向こう側。

 教会に繋がる道脇にある花壇の近くに立つ、癖のある黒髪の女性と、目が合った。

 俺は引っ張られるように、その人を見つめていた。


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