第2話 帰路

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生徒会長と二人、並んで歩く、彼女は、

ときどき視線を此方に流す、

曰く、目を離すと、どこかに消えそうに見えたから…らしい。


歩いている間、彼女は「雨の日は髪が暴れてねぇー」とか「雨音が音楽みたいで眠くなるぅー」とか。

そんな話を度々間に挟んでは、おどけた口調を奏でていた。


その度に、「はぁ…」や「そうですか…」といった、気の入らないような反応しかできない。

道中、コンビニで傘を買おうか?と提案されたが、断った。今さら必要とも思えなかった。

どう見ても不満げ、と分かる顔をされたが、「そういえば、財布を持ってきてなかったよ」と少し早足気味に手を引かれた。


気を遣わせているようで、申し訳なくなるが、会長は特に気にした様子もなく、

ぐいぐいと、言葉を紡いでいく。なかなかにマイペースのようだ。


先ほどよりも長く、会話が途切れた。相変わらず、彼女はハナウタ混じりに歩いている。


信号待ちの交差点で、何気なく視線を泳がせていると、後ろの、下り坂の先の大空

(そら)に…




一息するくらいの刹那、

灰色がかった雨雲に小さな裂け目ができ、

燈金(とうごん)の薄布が透き通る。




なんとなく、目を離せずにいると、袖口がくいくいっと引っ張られる。ビクッと肩を

震わせ振り替えると。


「危うく、はぐれるところだったよ。知り合いでも見つけたかい?」


なぜか生徒会長が息を切らしていた。信号は赤のままなのだが…



…もしかして、一度渡りきってから走って戻ってきた?見れば、少ない信号待ちの顔ぶれも違う気がする。


『あー…すいません…その…』


迷惑をかけた事に謝意を示し、なんと言うべきだろうかと、視線を下に彷徨わせる。


レインコートの袖から覗く指に、

鎖骨の下をトンっ、と弾かれ、顔を上げる。




「負い目を感じているなら、今夜は寝かさないつもりだから覚悟するんだよ。」


ニヤニヤした、嗜虐的な、イタズラ好きそうな、心底楽しみで堪らない、と言わんばかりの、


滲んだ目が、歪められた唇が、染まった頬が、雨勝ちに蛇行して這った髪が、

こちらを捉えて放さなかった。




「ここが我が家だよ!少年。」


そう言って、芝居がかったような動作で、指を揃えた手を腕ごと伸ばし指し示した。

その先には新築のタワーマンション。


アーバンカラーを基調とした30階建ての、セキュリティロック付き、系列企業の警備員が常駐、入居者にはそれぞれIDと固有コードが設定される。これがないとマンションには入れない。


マンション内にはトレーニングジムや、ちょっとした買い物が出来る売店などがあり、入居者はIDの提示で割引されるサービスなんかもある。


所謂、イイトコの、お高いマンションと言うやつである。


『ここって…家賃とかサービスとか、スゴイって言われてるマンションですよね。』


「そうだよ!ここから一歩も出なくても生活できるほどだよ!」


苦笑した顔で見上げながら続ける。


「まぁ、実際はセキュリティがメインで、

他の施設はオマケ程度なんだけどね。過度に期待してると、肩透かしをくらうよ。」


カラカラと、木琴のように軽快な、

小気味の良い笑いを響かせると、

向き直って、くの字に、見上げるように、

こちらの顔を覗き込みながら、


「物事は、実際に聞くのと見るのとでは、大きく異なる。君にも経験があるんじゃないかい?」


くるりと踊るように一回りし、声のトーンを落とし、気遣うように語りかける。


「それも含めて話をしよう!

…ただ、今の君に必要なのは落ち着ける空間と、おいしい食事ではないかな?」



そう言って彼女は、猫のように目を細め、手を此方に伸ばしていた。

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