第9話
あずねぇとライブを見た。不思議な感覚だった。好きなアイドルのライブに知り合いを連れて行くというのは。
いつもなら全力で叫んだり、なんだりするのだが、今日は控えめになってしまった。別にお淑やかなキャラクターとして生きていない。仮に私がワーワー他のオタクに負けないように叫んでいたところで、解釈違いだ、と言われることないのだろうけれど。
ライブが終わり、接触イベントには参加せずにライブハウスを後にした。
やっぱりどうしてもあずねぇに気を遣ってしまう。私の個人的な趣味に付き合わせてしまっているという自覚があって、頭の片隅にその思いがずっと渦巻くから。しょうがないのかもしれないけれど。
「あずねぇ、どうだった? 楽しかった?」
不安が押し寄せる。
ごめんね、という言葉を待機させながら質問を投げた。
「楽しかったよ」
「本当に?」
笑みを浮かべるあずねぇに対して私はさらに問う。
嘘なんじゃないかって思う。別に信用していないわけじゃないが。
「美咲ちゃんは私のこと信じられない?」
さっきまでの笑顔は消えた。
私はぶんぶんと首を横に振る。そうするとあずねぇの笑顔は戻ってくる。
「私はね、美咲ちゃんのことが知りたいの。美咲ちゃんが楽しいって思えることは、私も楽しい」
私のすべてが肯定されているようで、とても気持ち良かった。居心地も良い。あずねぇの前だけでは、周りの目を気にすることなく、私が私で居られるような。そんな気さえした。
檸檬とはまた違った安心感がある。
でもこの心地良さとか、気持ち良さとか、安心感とか。そういうバラバラしたような気持ちに名前は付けられない。
「私もあずねぇのこと、もっと知りたいかも」
興味を抱く。
あずねぇのことをもっと知りたい、と。
「私……? そんな私なんか。つまんないよ」
突然飛んできたのに驚き、おろおろしながら、苦笑する。
「つまんなくない。私はあずねぇのことが知りたい。今のあずねぇのことが知りたいの」
あずねぇの好きな食べ物とか、今旅行に行くのならどこに行きたいとか、趣味はなんだとか、最近読んでる漫画とか、ハマってる音楽とか。そういう当たり障りのないことから、お風呂で身体を洗う時にどこから洗うとか、ご飯を食べる時なにから口をつけるとか、靴下を履く時に左右どっちから履くのかとか、そういう些細なことまで。本当にあずねぇのなんでもが知りたかった。あずねぇのすべてを私は知りたくなった。でも、一つだけ知りたくないことがある。それは置いとくけれど、それ以外のことはぜんぶ知りたい。丸裸にしたい。
「っ……」
あずねぇは珍しく顔をカーッと赤くする。
「そんなに熱く見つめられると……さすがに恥ずかしいかな」
見つめているつもりは毛頭なかった。
でも言われてから、ハッとする。意識すると、めっちゃくちゃ見つめていたなって私自身も恥ずかしくなってくる。
「……」
「……」
私は黙る。
あずねぇも黙る。
だから沈黙が生まれる。
「美咲ちゃん、その、次のプランは?」
沈黙を破った。
「プランはあるけれど……」
「うん?」
「やめた」
私の言葉にあずねぇは吃驚する。
口には出さないけれど、今すぐにでも「はっ?」という圧ある声が出てきそうな表情だった。
その顔を見ただけで私はわかりやすく狼狽する。臆する。尻込みしてしまう。
一歩引いて「ごめんやっぱり嘘」とか言って、なにもなかったかのように組み立てていたプランを実行する。そういう軌道修正を頭の中に描く。
でもそれで良いのか、と私自身に問う。自問自答をする。
そうすると、やっぱり、それで良いな……というような結論には至らない。
今、私はあずねぇに興味を抱いている。興味津々で、どうしようもないくらいにあずねぇのことが知りたい。今のあずねぇのことを知りたい。その源泉がなにかはわからないけれど。事実として私が今そう思っている。それは紛うことなき事実だ。
「私はあずねぇのことが知りたい」
自分のことを知ってもらう。そんなのどうだって良い。というか、私の好きなアイドルのライブに連れて行った時点で、今の私の八割を見せたと言っても過言ではない。
これ以上、私を知るために時間を費やしたって、無駄になる。
「それは……またの機会に……」
「今が良い」
「えっ」
「今が良い。あずねぇ」
あずねぇの袖口を掴む。そしてグイグイって引っ張って、上目遣いをする。
わがままとか言わない方が良いかなって、少し遠慮していたけれど、今のあずねぇは私のお母さん。つまり、わがままを言うことを許される数少ない相手というわけだ。
だからもう遠慮なんてしない。なりふり構わない。突き進む。
「って、言われても。なにも考えてないし」
頬を触りながら困ったように笑う。
「今、あずねぇがしたいこと!」
さらに私は追い詰める。
「えぇ……うーん。わかったよ……」
あずねぇはだじたじとしながらもやっと首を縦に振った。
珍しいあずねぇを見られて新鮮だなぁと思いながら、あずねぇの手を取った。
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