第10話

 連れてこられたのは私がよーく知っている場所であった。というか知らないわけがない。だって我が家だからだ。

 道のりが家の方向だったのでまさかなとは思っていたが。その予想が的中するだなんて思ってもいない。あずねぇがやりたいことを私がしたい! と言って、自分の家に帰ってくることになるなんて普通は思わない。


 「家だよね」


 家の前で家を見つめる。見上げる。


 「家だね」

 「帰ってきちゃったね」

 「そうだね。帰ってきたね」

 「ただいま?」

 「うん。おかえり」


 混乱している。

 とりあえず挨拶だけしとくかってあずねぇに挨拶をしておいた。


 「やりたいことってのは?」

 「その前に入ろっか。家……」

 「う、うん」


 こうして完全に帰宅した。



 リビングではお父さんが配信サイトでドラマを見ていた。

 一昔前のドラマ。

 懐かしいもの見てるなぁなんて思いながら、あずねぇに着いていく。手を洗って、改めて問う。


 「で、やりたいことは? 家でなにするの?」

 「美咲ちゃんと一緒に料理がしたい」

 「へ?」

 「美咲ちゃんと一緒に料理がしたい」

 「いや、聞こえてたけど。それは……」


 そんなことで良いの? とか。私はあずねぇのことが知りたいとか。思うところだらけ。


 「今、私がしたいことはね、美咲ちゃんの母親になること」

 「なってるんじゃ?」


 たしかに義理ではある。それは多分なにがあっても覆らない。私には産んでここまで育ててくれていた母親がたしかにいて、その母親が居なくなって、あずねぇが母親としてやってきた。

 真の母親にあずねぇはなれない。絶対になれない。私の真の母親はただ一人だから。


 「戸籍上はね」

 「私には……」

 「別に前のお母さんを忘れて私をお母さんと思って欲しいって思ってるわけじゃないからね」


 私の心を見透かしたかのようにあずねぇは指摘してきた。


 「そんなことされたら私も悲しい。私も美咲ちゃんのお母さんにはお世話になってたし」

 「じゃあ……」


 どういうことなの? ってなる。


 「私はね。美咲ちゃんに認めてもらいたいんだよ」

 「認めてもらいたい?」

 「そう、お母さんとして。認めてもらいたいの」


 認めているつもりだったし、お義母さんとして受け入れているつもりでもあった。

 だからその言葉に疑問を持ってしまう。

 いまいちというか、派手に理解できない。


 「美咲ちゃんは私に甘えないでしょ?」


 私の思考を見透かしたかのように、あずねぇはそう指摘する。

 その指摘はもっともだった。その通りの指摘。私はあずねぇに甘えていない。それは紛うことなき事実であった。


 「甘えてくれないから認めてないってこと?」

 「そう」


 あずねぇの中に、あずねぇが描く母親像というものがあって、それになれていないから、認めてくれていないという結論に達したのだろう。そんなことないよって私は思う。けれど、私がそう言ったところで、あずねぇは素直にそういうものかと受け入れるとも思えない。


 「わかった。じゃあ一緒に料理しよう?」


 果たしてそれで良いのか。それで甘えるということになるのか。という疑問は拭えないけれど、あずねぇがそれを求めているのであれば、遂行するのみ。

 まぁあずねぇのしたいことをするって宣言していたので、断るつもりも一切なかったんだけれどね。





 「じゃじゃーんっ!」


 あずねぇは台所の棚から長方形の箱を取り出した。そしてそれを私に見せつけてくる。


 「ルー?」

 「そっ」

 「カレー?」

 「ううん、ハッシュドビーフ」


 たしかに箱をよく見るとハッシュドビーフと書いてある。


 「なんでハッシュドビーフ?」

 「嫌いなの? 美咲ちゃん。ハッシュドビーフ」

 「いや、そういうわけじゃないけれど……こういう時ってカレーとかなんじゃないかなーって」


 誰が決めたルールってわけでもないけれど。セオリーとして、こういう時はカレーみたいなものが私の中になんとなくあった。多分ドラマとかアニメとかでそういう意識を植え付けられていたが故だろう。


 「というわけで、今からハッシュドビーフを作ります」


 ぱしんっと手を叩く。

 それからエプロン姿になった。

 新鮮さはない。見慣れたってほど見ているわけでもないけれど。


 「まずはエプロンを美咲ちゃんも着てね」

 「え、私も?」

 「もちろん。やっぱりこういうのは形から入らなきゃだからね」

 「うーん……」


 ぐいぐいと私用らしきエプロンを押し付けられる。受け取らざるを得ない。派手な配色のエプロンじゃないだけマシだって思うべきか。

 でもちょっとばかし恥ずかしさはある。


 「似合うよ、似合う。美咲ちゃん似合うよ」

 「まだ着てないけど」

 「妄想!」


 はぁ、そうですか。

 とりあえず今の私にエプロンを身につけないという選択肢は残されていないのだと悟る。着るか、着るか。着るしかない。


 「着ましたよ」

 「うん、似合ってる」


 本当かよと思う。

 似合っていようが、似合っていまいが、あずねぇは似合ってると言ってそうだし。


 「じゃやろう。ハッシュドビーフ作るの」

 「良いね。凄い乗り気だ」


 ぐっとあずねぇは親指を立てる。


 乗り気というか、話を逸らしたかったというか。

 この際どちらでも良いか。


 こうして私たちは共同作業(料理)をし始めた。

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