第20話 昔のことと彼は言った⑤

 我が校の学食が誇っているのかは知らないが、定食メニューのボリュームは男子生徒に非常に好評を博している。運動部はもちろんそうじゃなくたって食べ盛りのお年頃の俺たちには、なにはなくともカロリーが必要だ。


 特にここのところ一時期のようにゲームに熱を上げているせいで明らかに食事量が増えている。『パンスタ』の操縦桿って重いんですよ。ボタンの類も数十あるし。いつかは加速度再現も目指しているというが、そうなればいよいよ体を鍛えるのが必須になるだろう。


 とはいえバドミントンのガチ勢である貫崎原さんは俺以上である。性差の故に両者の皿の盛り具合は、互角といったところですわね、と頭の中で誰かが言っているけど、同性との比較なら貫崎原さんの方が増量率で上回るはず。


「昨日のことだけど」


 半分以上は胃に収めた頃合いに貫崎原さんは喋りはじめた。


「『パンスタ』を、ゲームをやるのは私はあんまり、特別好きってわけじゃないんだ、やっぱり。嫌いでもないけど」


「俺やガル、健太さんたちみたいに一喜一憂はしない、するほどではないって話だよね。ほんと責めてるわけじゃないんだ、ただの確認っていうか。むずかしいな。俺は昔……」


「昔?」


「昔……そういう熱とか意識とか、そういうのを……そういうのが違ったり変わったりとかで、ちょっとトラブルっていうか、とにかくそういう嫌なことがあってさ。俺はもしかして、やりすぎてたんじゃないかと、改めてそう思ってしまったので、貫崎原さんはどういう、こう、意気込みなのかなと確認したい、わけです。なんかごめん」


 自分を客観視するなら間違いなく嫌な奴である。


「たしかに向井君たちすごく楽しそうだもんね。ゲームやってる時、すごく楽しそう」


 自分を客観視するならおそらく気持ち悪い奴である。褒められちったのででへでへと頭を掻いてしまうのだ。


「いやぁそれほどでも」


 ありますかね? 楽しそうっていうかぁ、楽しいのでぇ。でへへ。


「正直に言うとね、私ゲーム自体にはそんなに興味なかったの。向井君も言ってたでしょ? キャラの方なんだ、私が好きなのは。キャラとストーリーかな。機体とかロボットとかはおまけっていうか。すごい戦闘シーンなんかはすごいなーって思うよ? 思うけど、別にまたそのシーン見ようとかは思わないし。なくても気にならないし。向井君はそっちの方が好きな人?」


「そっちの方がってか、どっちも好きよ、俺は。あー、なんだ、感性が小学生男子なところはあるのでね、男の子はね。好きのラインが低いというか単純なんすよ我々は」


「西木君ともそういう話してるよねぇたまに。心の中の小学生がどうとかって」


「そうそう」


「ふぅん」


 定食にはデザートのゼリーが付いてくる。あのあれ果汁ゼリー、やっすいやつ。それこそ小学生の頃によく食べたようなやつ。


「私も男の子だったらなぁ」


「浪漫は男の子だけの特権じゃないんだぜ」


「……それはちょっと用法違くない?」


「うん。こまけぇことはいいんだよってよく言うし見逃して」


「わかった、いいよ。私も嘘吐いたし」


「嘘?」


「こっちの話。女の子の専売特許の話かな」


 お姫様も女の子だけの専売特許じゃないこの世の中に、異なことを言う。そういえば貫崎原さん『雪姫』名乗ってるんだよな。


「私だって別にてきとーに、遊びでやって……はいたんだけど。遊び……ていうのが、駄目なの? もしかして」


「駄目じゃない。駄目じゃないしそれは正しいは正しいと思う。遊びだから、ゲームは。ただその遊びに本気……ていうのもまた違うんだけど……本気じゃないっていうか、バカみたいに本気になるかどうかみたいなとこ、がね、たぶん俺たちと貫崎原さんはちょっと違うと思うんだよ」


「部活で全国優勝を本気で狙うかどうかみたいな話かな?」


「たぶん。近いと思う。それで、今回だと貫崎原さんは『フランタ』を倒すって目標だったでしょ? それをこっちが勝手に重く捉えすぎてたとこあったんだ。『フランタ』を倒せればそれでいいよな、そりゃ、それで当然だ。……そこまではちゃんとやるから安心してくれ」


 結局のところ俺の方が入れ込み過ぎた。勝手に一方的に、貫崎原さんに期待しすぎたのだ。それで急に不安になってこんな風に確認作業をしている。くそほどダサいと自分で思う。


 貫崎原さんも俺も食後のお茶に移行している。お腹いっぱいでほっと息つくタイミングには相応しくない話題だろう。


 貫崎原さんも難しい顔をしてしまっている。うんうん唸るくらいに考えているらしい。もしかしたら俺たちの師弟関係は今日ここで解消かもしれないな。


「向井君……は、私に『パンスタ』教えてくれることを……嫌とか面倒とか、じゃ、ないんだよね?」


「ないない。むしろ貫崎原さんみたいな人に教えられるとか光栄まであるよ。一時のこととはいえこうして話したりもできて。感謝したいくらいだね」


「……。実は昨日、向井君に会う前、夜にね? 夜に会ってお蕎麦食べに行ったけど、そのまえに、ガル君と『パンスタ』で勝負したの」


「ガルと!? なんで!?」


「勝負しようってガル君から持ち掛けられたんだ」


「なっ、あ、あいつ何考えてんだ。まだぜんぜんそんな段階じゃないってのに。それで勝負の結果、は……わるい、気を悪くしないで欲しいんだけど、負けたろ? 貫崎原さん」


「うん。完敗。手も足も出なかった」


「そりゃそうなるんだよ……ガルのやつほんとになんでそんな意味のないことしたんだ。勝負の結果じゃなくて、過程か? 過程か。たぶん一応、ハンデはあったんだよな? さすがに同じ条件じゃマジで勝負にならないから、なにかしらハンデがあったと思うんだけど、どういう条件で戦ったんだ?」


「私はいつもの機体と武器だった。それでガル君が競技仕様っていうやつ。それから向こうは一番性能の低い機体と武器で、武器も最低限だけ装備っていう条件だったよ。なんか、明らかな舐めプは勝負ですらないとか言ってそういうことになった」


「なに言ってんだ、それじゃ勝負にならないのは同じだろうに」


「あはは、やっぱりそう、なんだ。……私は、その条件を聞いた時に、ちょっとムカついたけどな。舐めるなーって思って、絶対に勝ってやろうって思った」


 それは俺が気付いていない認識の差だった。だがそれは当たり前のことなんだ。


 貫崎原さんはガルを知らない。


「ガルは……ランカーなんだ。聞いたかもしれないけど」


「うん聞いた。いまもよくわかってないけど、すごいことなんでしょ? というかすごいに決まってるか。世界で上から100人に入ってるなんて。世界……」


 『パンタレイスターズ』にはランキングが二種類存在する。ストーリーモードにおけるスコアのランキングと対人戦のレートランキングだ。そのうち後者においてガルは数十万分の百に名を連ねている。


 山東ガルはプロと比べても遜色ない実力を有している。


「そうなんだよ、ガルは強いんだ。それこそ今の『雪姫』じゃ逆立ちしたって勝てやしない」


「あんまり言われると泣いちゃうよ? 私」


「あ、わるい。ごめん! 失礼だった」


 厳然たる事実とはいえ本人を前に言うことでもなし、ましてや繰り返すなど失言もいいところだった。平謝りである。


「それで勝負の結果は……結果として、そう、だからなんで、なんでそんな勝負を、はガルが言ってきたんだったね」


「そう、ガル君が。私に向井君の弟子をやめさせるために、ふっかけてきた」


 そういうことか。……どういうことだ?


「意味がわからないんだが」


「私も。……どうしよっか。私、負けちゃったんだよね。負けたら弟子やめるってルールで」


 貫崎原さんは嘆きもしていなければ憤ってもいなかった。悲しんだり惜しむような気配もない。


 ただほんの少し、少年のような目をしていた。

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