第19話 昔のことと彼は言った④
机に向かう。ノートを広げペンを持ち、頭を悩ませる。受験に臨む学生としてこの上なく常識的な姿だ。午後の授業の合間、休み時間の教室ではそんな少年少女が多く見受けられた。俺もその中の一人として他人の目には映っていることだろう。
「よ、似非受験生。今日はどこで悩んでるんだ」
「ビーム干渉時の発光と反発について」
「はぁん……論文じゃん」
遠慮なく覗き込んできた浩史は出来もしない口笛を吹く。受験勉強に励む諸氏には申し訳ないけど、俺は『雪姫』強化ノートを作成中である。二か月余りでA4ノート三冊目とか俺の学生生活のハイライトだと思う。なにやってんのって話だな。勉強しろ俺。
「にしても長続きしてんなぁ。おれはもっと早くに投げ出すと思ってたわ。航か貫崎原さんか、どっちか。ガルは元気してんの?」
「元気元気。つってもあいつも受験生だから最近は塾やらなんやら忙しそうにしてる。浩史もたまにはゲーセン行こうよ。健太さんと正義さんも会いたがってたし」
「一か月前くらいに会ったけどな」
月に一度か二度、か三度か四度程度の頻度でゲーセンに足を運ぶ浩史は、俺ほどではないかもしれないがガルたちと仲良くしている。前回、一月少々の以前に二人でゲーセンに行ったときにはガル以外はいた。高校生タッグは成人コンビと互角の勝負をしたものだ。
「俺がここんとこほぼ毎日顔出してるからな」
「んま、考えとくわ。じゃな」
特に意味も理由もない雑談だから特に区切りも結論もなく浩史は別のグループのところへと去っていく。
俺は書きかけのノートを見下ろす。そこにまとめられているのは、どう考えても『雪姫』が考えるレベルではない分析と考察だった。続きを書くのも破り捨てるのも面倒でノートは閉じた。
貫崎原さんは教室の一角で楽しそうに歓談に耽っている。
昨日に片桐さんが突然湧いてでてきた蕎麦屋でのファントーク後、今日の昼休みに俺と貫崎原さんははじめて学食の同じ卓にランチを並べた。
「食堂っていつもなんかいい感じの混み方だよね」
「どういうこと?」
俺は貫崎原さんの言ったことを解釈できずに補足を乞うた。
「人はいっぱいだけど席はどこかしら空いてるじゃん。いつも」
「そう、かも? わるいけどあんまりわからないや」
そんなことまったく意識したことがなかった。でもたしかに座るところがないなんてことは今まで一度もなかったし、逆にめっちゃ空いてるななんて感じることも。
「なんでだ? 誰か調整とかしてるのか?」
利用時間の制限とかあっただろうかと考える。覚えなし。
「知らないけど。向こう空いてるね。窓際だし……うん、丁度いい」
貫崎原さんは思ったことを口にしただけだったらしい。俺の中に疑問を生んだだけの会話を切り上げて見つけた座席を目指して先を行く。
「よいしょ。へへ、向井君とお昼食べるのってはじめてだよね。緊張するなぁ」
「なら別に放課後でよかったのに」
「それは言ったらだめでしょ~。いただきます」
丁寧に手を合わせる貫崎原さんに俺も倣う。普段は言ったり言わなかったり気分次第だけど。
「ん? なに?」
「なんでもない」
「えー……んー」
二食も続けて貫崎原さんの正面で食事をするのを奇妙に感じて、ついつい相手の様子を注視してしまったのだった。納得いってなさそうな顔を見せはしたものの、貫崎原さんも食べることを優先した。やっぱり妙だよなぁ、この食事風景。
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