第17話 昔のことと彼は言った③
現実、生身の戦闘行為と大きく異なる点として、防御優位が挙げられる。
中でも射撃の低位設定は顕著で、並の武器では直撃も致命傷には至らない。武器や兵装と呼ぶことに疑問符が付くような大規模装置を使用してようやく、狙撃による一撃必殺が成り立つといった具合だ。
必定、主流かつ華となるのは、肉薄の格闘戦。そして付随する数十m範囲内の近距離射。
「呆けていたかい!?」
咄嗟のバックステップなんて自分の体なら脊髄反射だが、10倍近い拡大と操縦という工程を経るとそうもいかない。
それを、同じ反応速度でやれる、やれるようになった人間だけが、『イクシード』の前で立っていられる。
段ボールくらい分厚い紙一重でビームブレードの袈裟切りを避けた俺は、そのまま脚部スラスターを地面に吹いて土をまきちらした。追撃の刺突がコンマいくらか鈍るから、左手のシールドを間に割り込ませる。
お互いに基本の人型。左手に盾、右手に剣の標準装備。機体性能も武装性能も仕様として同水準に整えられている。
優劣があるとするならば――。
「冗談!」
刃を形成していたエネルギーが爆ぜるように散っていく一瞬の視界不良に、突き出された右腕狙いの蹴り上げ。
それを、横合いから逆に蹴り飛ばされて機体の制御を失う。秒未満で立て直すとして、それは『ドクトル』が三回も俺を殺すのに足る時間だ。
「呆けているよ、君はやっぱり」
暗転した操縦席に、敗北を告げるアナウンスは聞き慣れている。
――盾を攻撃転用して左脚を叩き潰した代償は、コックピットを貫く光弾。
――射撃戦でダメージレースに負けてしまえば詰められて膝蹴りが自機を捉え仰向け倒れ映像の青空と銃口が重なる。
――互いにシールド以外を弾き落とし合った末、掌打で頭部を砕かれた後に硬質の鉄板を上から貫かれた。
何通りの負け方を体感させられただろうか。気が付けば呼吸が荒くなるほどに疲労し、シャツの袖口に汗を拭った。
「強すぎる」
勝手に漏れた弱音に自分で愕然とする。なんて情けない。
「読みが甘かったね……互いに」
音声だけの通信の相手は隣の筐体にいるはずだ。まったくいつもどおりの落ち着いた口調に、この二時間が本当にあったことなのかさえ朧気になる。
「本当は……君が強くあると期待していた。あの頃と変わらず。僕も甘くなったのかな。ありがとう、僕のわがままに付き合ってくれて。もう遅い、帰り道には気を付けるんだよ」
「……じゃあ、先に帰ります。優里さんもあんまり遅くなりすぎないでくださいよ。久しぶりの日本なんですから」
「それもそうだね。……航、僕は……いや、なんでもない。じゃあね」
ただの一度の勝利もなく、俺は『パンタレイスターズ』開発運営会社のお膝元、日本唯一の『パンスタ』専門施設を後にした。人だかりと喧騒の熱は建物を出ても感じられるようだった。
頭の中にぐるぐると映像が回る。それは森林であり市街であり海上に並ぶ艦影であり砂漠であり宇宙だ。実際に見た光景と見たはずもない光景は起こった事で、見たかもしれないのは起こせたかもしれない未来。
「いや、駄目だ。遅い。もっと……」
駅に戻る間も電車に乗っていても下りた後も、頭の中には繰り返し繰り返し映像が流れ続ける。あまり周りをきにしていなかったのは事実だ。
「あ、向井君」
声に顔を上げてから、こういうこと多いなと思った。貫崎原さんは俺が意識しない時にふらっと現れがちだなと。
「ああ。うん」
とりあえず頭を冷やす目的もあってホームグラウンドたるゲームセンターに向かっていたところで、時刻的に貫崎原さんはとっくに帰っていると考えていた。
「帰るとこ?」
「うん。向井君は、これから? 行くの? ゲームセンター。もうけっこう遅いけど」
制服でもないし補導されることはないだろうが、クラスメイトに見つかれば一言訊かれるくらいの時間ではある。
「いや……どうしようかな」
加えて偶然に会った姿を見て考えが変わった。センス良くまとまった私服姿のクラスメイト女子は、なんだか急に現実味というか、俺の熱の上がった頭を日々の日常生活に引き戻したのだ。
「どうって……ゲームセンター以外に行くとこあったっけ?」
俺が、という意味だろう。そして貫崎原さんの言うように、この道沿いに俺が立ち寄る場所などゲーセン以外にありはしない。
「ないな。やっぱり帰ろうかな。遅いし」
貫崎原さんは小さく吹き出してから辺りを見回した。
「あ、じゃあ、お蕎麦でも食べていかない?」
「女子高生のチョイスとしてはちょっと渋いね」
「偏見でーす。女子だってお蕎麦くらい食べます。向井君はなに蕎麦が好き?」
「好きな蕎麦がある前提なのな」
「だってお蕎麦だもん。人類はみんな蕎麦が好き。これって常識だから」
「……美味しいよね」
「うんうん。それで? なに蕎麦が好きなのかな?」
「あの、えー……普通の蕎麦が好きです。温かい方がいいかな」
「おっけー。……行くよ? ほら」
行くとは言ってない。とか、手を振り招く貫崎原さんに伝えることもないので、風に靡く黒髪についていくことにした。白基調の服の背中と流れる髪の色とが明暗はっきりしていてやけに目に留まる。
「門限とかないの? 貫崎原さんの家は」
信号で追いついて隣に並ぶ。
「はっきり言われたことはないかなぁ。や……前に22時とか言ってたような気も……まぁ大丈夫。……お、そ、く、な、り、ま、す。っと。これでよし」
スマホを操作するのを横から覗き見はよくないなと思いつつ、貫崎原さんが特に隠す気配もないから少し、その画面を見てしまった。
「『サイン』……ほんとに好きなんだな」
公式が出した放送当時のイラストが壁紙だった。
「……うん。……そのあたり、さ……ちょっと話さない?」
思えば俺と貫崎原さんとはそういう話をしてこなかった。それは貫崎原さんの目標故であり俺が避けていたせいでもある。
だがとうとう、その時は来てしまったのかもしれない。
「そうだね。いいタイミングかもな」
蕎麦屋の暖簾をくぐるとそこは、ごく普通の飲食店内だった。
「いらっしゃいませ! 三名様ですか?」
ん?
「はい、三人です」
「え?」
「は?」
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