第16話 昔のことと彼は言った②

 『パンタレイスターズ』には大きく分けて二種類のゲームモードがある。対CPUと対人。なんのことはない、よくある分類だ。


 俺と優里さんはその後者の方で出会った。ストーリーを追体験し、はたまたifやゲームオリジナルの物語を共に戦い抜くのではなく、どちらかが戦闘不能になるまで鎬を削る、そういう単純でリアルライクな領域でかち合ったのである。


 最初は本当に、たまたま一対一の決闘でマッチした。数え切れないほどに戦ったが、引き分けは結局その一回きりだった。


 俺は懐かしい気分で操縦桿を握る。


「特に説明は必要ないね? 1v1、時間無制限、といっても一時間の制限はあるけどね」


「そうですね。実際に本気で戦って一時間かかることは、そうそうないでしょうけど」


「うん。……カスタムはフリー、地形はランダム、形式は……純粋な決闘だ。さぁ航、見せてくれ、君の三年間を!」


 説明は不要と言いつつ優里さんはルール設定を確認してくれた。非常にシンプルな個人戦は、興行の領域ではあまり人気がない。不確定要素が少なく、逆転劇が起こりにくいせいだ。小さな力量差でも一方的あるいは順当なダメージの積み重ねによる塩試合じみた展開になることも多く、だから見ててつまらないのだと口さがない者は言う。


 だが、一部のコアな『パンスタ』ファンたちはそんな個人戦をこそ好んで観戦する。もちろんなんでもいいのではない。あるレベル以上の者同士の戦いを望んでいる。


「『イクシード』を相手にするのは久しぶりなんじゃないかい?」


 『パンスタ』にいくつか存在する使用不可ワード。ユーザー名にも機体名にも武器名にも使えない単語。


 超えた者イクシード


 『雪姫』が目指す先で、俺はゲームスタートのカウントダウンを待つ。


「そのとおりなんで手加減でもしてくださいよ」


「はっは……ジョークは成長していないみたいだ!」


 カウントが終わりモニターがフィールドを映し出す。緑、樹、森か。ランダムポップは同時だからすぐ背後に敵がいる可能性もある。幸いにして周辺に生える樹木は全高15mの巨体をもってすら視界を狭め遮蔽に使えるほど立派なものだった。下手に動かず索敵に注力する。


「航は森林浴はしたことあるかい?」


 ボイスチャットはオープンである。これは『パンスタ』の基本仕様で、アニメによくあるなぜか敵同士で会話しているパイロットたちを再現したものらしい。非常にグッドだと思う。やはり丁々発止のかけ合いあってこその『パンタレイ』だ。


「ありませんね。興味もない」


「そうかい、僕もだ。焼き払ってもいいかな?」


「どうぞ」


「冗談だよ。君の機体も、特別耐火耐熱というわけじゃなさそうだしね。相変わらず『サイン』勢のようで安心したかな」


「そういう『ドクトル』さんはまた合わせに乗ってるんですか?」


 複数作品の登場兵器から機体パーツや武器を組み合わせてカスタムした機体を、合わせ、とそう呼ぶ。もちろんストーリーモードでは使用できない。


 ちなみに『ドクトル』は優里さんのユーザーネームだ。薬からの連想という実に安直な由来を持つ。


「競技仕様だからそこは安心してくれていい」


 作品ごとに世界設定が異なるため、忠実に模せば機体性能や武器の威力はどうしたってあまりにもかけ離れたものとなる。対CPUならそれでもいいしなんならその方がいいまであるが、対人戦で同じルールでは勝負にならない。そのため、使用感は極力損なわず、その上で対等に戦える程度にバランスを調整した仕様が存在する。それが競技仕様というわけ。


 対人戦では設定で切り替え可能だし一方は原作仕様、もう一方は競技仕様なんてことも出来てしまう。ガチンコ勝負でそれやったら二度とホストを任されることはないだろう。


「んなことわかってますって」


 話しつつ敵機を探す範囲をどんどん広げていく。周囲から一帯へ。更に自機の最大射程まで。そして目視全域。そこまでいくと一つの方向を探査するのにも時間がかかる。


「ふふ。頑張っているね。いまはもう、全周距離限定なしで僕を探しているね。早い、さすがだ」


「そりゃ有難いお言葉です」


 それにしても見つからない。一体どこから俺を監視しているのか。


「ハンデというわけじゃないが……些か不公平ではあると感じるから一つ教えるね。三時の方向だよ。それと、長物は捨てよう。そういう試合をしたいわけじゃない」


 ガキン、と音がした。続いて何かが土の地面に落ちる音。


 そう、聞こえたのだ。すぐそこから。


「でもこれは君への宿題だ。……僕はなぜここにいるのか」


 『ドクトル』が駆る白と銀の機体は、ビームブレードを携えて佇んでいた。


「さぁ、やり合おう、思う存分。僕が満足するまで!」


「くそっ」


 混乱はしなかったが反応は遅れた。

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