第14話 師匠と弟子と弟子
類まれなる才能、それこそ天賦の絶対的で圧倒的な才能を、そんいうものを、持っているのかどうか。万人の目に明らかな人間がいる。
背が高い人間だ。
同年代の人たちと比べて群を抜いて高い身長。大きな体躯。
それは唯一無二の可視の才能。
最高で最低の、自分と他人の人生に振り下ろされる大槌なんだ。
そして自分はそれに一度は叩き潰された。
ガル、などというおよそ人名とは思えない名前を付けてくれた両親は、同時に彼らの遺伝子の奇跡をも寄越してくれた。
父母共に平均程度の身長同士の夫婦から生まれた5,000g近い赤ん坊は、その後もすくすくと育っていった。
その間にあった色々な出来事と受けてきた様々な感情を、けれどおれはもう他人事のようにさえ思う。羨望があった。恨みがあった。期待があった。驚愕があった。絶望があった。
デカい。というただそれだけが、一体全体どれほどの呪いであったことだろう。
純粋な羨望の眼差しは恨みに変わり。大人たちの期待はまるで鋳型だった。驚愕の目に無関心になったのは小学生のころで。
最後の絶望は、去年。
「おれは一生……おまえに勝てないっ」
親友だったそいつはずっとずっとバスケットボールを頑張っていたんだ。おれはそれをまだ小学校に入る前から知っていた。彼はいつだってバスケボールを抱えていたから。どこで遊ぶのにだって持ってきて、ちょっと暇になったらすぐドリブルしたりして。
すごくうまかった。俺なんかより全然うまかった。
「ごめん……ごめん。もう……話しかけないで欲しい。……ごめん」
体育の授業の最中に泣き出したそいつの声がずっとずっと耳にこびりついている。それは今も変わらない。一番ひどかった時よりは全然マシだけど、不意に脳裏に過っては手が震えるんだ。
おれは誰よりおれを呪いたい。
そんなことがあったからおれは随分と荒れた。いま思い出すと本当に恥ずかしい。
あの日もゲーセンで高校生と因縁つけ合って、互いに手が出る寸前までいった。
そこに飛び込んできたのが航さんだった。
「待て待て待て! な? 喧嘩はよくない。頼むよ、ここはほら、ゲームする場所だからさ」
航さんが間に割って入ったものの、残念ながら事態は止まらなかった。結果的に殴り合いは起こったしおれはいつものように無駄にデカい体任せに高校生三人をのしてやった。
ただその間に、しなくてもいいお節介のせいで床に転がる羽目になった人が少しだけ気になったのだ。
捨て台詞を吐いて逃げていく奴らをおれは心底どうでもよく、そんなことより目の前で床材の感触と冷たさを確認している人を見下ろしていた。
「もう行った?」
「行った。あんた……大丈夫か?」
おれの問いかけに、その人は跳ね起きて因縁つけてきたのである。
「大丈夫なわけあるか!? おまえ俺は喧嘩ちょーよえーんだぞ!? 死にかけたわ!」
いてーいてーと喚きつつ服の汚れを払うその人は、血が出るような怪我はしていないようだった。
「あーあ落ちねぇよ。怒られる……」
しょんぼりと肩を落とした後、その人はおれを見上げて人の悪い笑みを浮かべた。
「でも俺らの勝ちだな」
「……なんで、おれについた。てか誰だよてめぇ」
「向井航。向こうの井戸に船で渡航する、で向井航だ」
「わかんねぇよ」
「そうか。改善の余地ありか。それでおまえは? サンドウくん」
「……山東、ガル。山の東、に、カタカナでガル」
「そうか。山東ガル。よろしくな。ま、とりあえず向こうでジュースでも飲もうぜ。これもなにかの縁ってな」
たぶんおれの運命の帳尻はこの時だと思う。
「というのが、自分と航さんとの出会いっす」
「ふーん……そっかぁ。……それでどうして、急にそんな……大事な話を私にしたの?」
「簡単なことっす。あれから紆余曲折あって、自分は師匠の弟子になったっす」
「あ、そこは端折るんだね」
「最初から話しはじめたはいいっすけど思った以上に時間かかったっす。おれこれから塾なんで時間がないっす」
「急に現実的……」
「とにかく、航さんがいない今日はいいタイミングっす。貫崎原先輩、自分と勝負をしましょう。師匠に代わって『雪姫』の成長を確かめるっす」
「いいよ、お願い」
「先輩が勝ったら師匠の弟子を続けるのを認めるっす」
「山東君が勝ったら?」
「師匠の弟子をやめてもらう……っす」
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