第11話 師匠と弟子④

「あ、思い出した」


「なにをですか正義さん」


「隙あり真号真二つ切りショット!」


 正義さんが叫ぶと同時に右腕を振り抜く。エアホッケーのパックが俺のフィールドの口に突っ込んでいった。カーン、と小気味いい音が響く。


 思い出したのは必殺技のことらしかった。なにが真号でなにを真二つに切ったのだかさっぱりわからない。


 ガルが真面目な中学生らしく早い時間にゲーセンを去っていった後、俺と正義さんと健太さんはエアホッケーで対決中である。


「ああ!? ずっる!」


「フッ。勝負の最中に気を逸らす貴様が悪かろう」


「それはそうですけど、も!」


「あまいわ!」


 緩急つけたつもりの攻撃はカウンターを合わされて連続失点。俺は頭を抱えて嘆き苦しむこととなってしまった。


「正義君、思い出したのってほんとに必殺技名?」


「いえいえ。健太くんには今度話しましょう。例の彼女のことなので」


「なるほど~。それじゃあ今度、航君がいない時に」


「なにをコソコソ話してるんですかショットォ」


「あまい!」


 焼き直しみたいな綺麗なカウンターに、俺はいよいよ茫然自失するしかない。なんか今日はもうなにやっても駄目みたいですね。


 自信さんと泣き別れた俺は、二連敗という結果を背負って夜の道をとぼとぼと帰宅する羽目になってしまった。健太さん、正義さんとはゲーセンを出てすぐに足の向き先を違えたから一人ぼっちの帰り道である。


 軽く腹を満たしたい気もするが、俺の懐事情は寄り道を許してはくれない。駅近の通りにバーガー屋やらラーメン屋やらファミレスやらと旨そうだ。コンビニ前にたむろする少年少女たちが手にする菓子パンやおにぎり、シュークリームなんかも輝いて見える。


 そのうちの一人とばちっと目が合った。手招きされた。だって知り合いだったから。


「よっす向井。なんで一人なん?」


 片桐さんはとても素敵な笑顔で訊ねてきた。


「たまたま……かなぁ」


「ふーん」


 なおざり返答をしつつ片桐さんは周囲を見回す。


「なぁんで一人なの? ざきばらは?」


「貫崎原さんなら先に帰ったよ。俺はちょっと他に用事があったから」


 嘘なんて一個もないから、片桐さんは短い時間、俺の顔をじっとりと観察した後に素敵な笑顔を取り下げてくれたのだった。


 ちなみにコンビニ前の集団は小集団の寄り合いだったらしい。俺が一人なら片桐さんも一人だったというわけ。そう遅い時刻ではないけれど、女子高生の一人歩きが一瞬の注目の対象にはなるくらいの時間帯。だから一拍、この場をあとにする言葉を口に出すのに躊躇した。


「向井も帰るとこ?」


「うん」


「じゃあ一緒に行こうよ。つっても駅までだけど。だけか? 向井ってどっち方面?」


 正直に答えたら二分の一を引いてしまったので、駅までの道連れはもう少しだけ延びることになったのだった。


「あたしとざきばらってさ、ま、いわゆる親友ってやつなんだよね」


 片桐さんかく語りき。


「中学から一緒で、高校だって同じとこ行こうねって話してさ。ざきばらはほら、あんなじゃん。だからなんてーか……放っておけないみたいなとこ、あるじゃん?」


「うんうん」


 てきとーに相槌打っておく。貫崎原さんなんて放っておいてもよさそうな優等生筆頭だけどなと思うけど、俺なんかよりよっぽど貫崎原さんのことを知っている片桐さんが言うならそうなんだろう。


「向井。ざきばらにゲーム教えるって……どこでなにやってんの?」


「別に普通に、ゲームセンターでゲーム教えてる。教えてるってほどでもないかな。片桐さんは『パンタレイスターズ』って聞いたことある?」


「ない。知らない。なにそれ」


「ゲーセンのゲーム。ロボット操縦して戦うやつ。片桐さんも興味あるなら今度貫崎原さんに教えてもらったら?」


「それは……」


 もしここで興味あり的回答が返ってきたなら、俺はあれこれ言葉を重ねるつもりはあった。貫崎原さんにそうしたように。もちろん多少、反省はしているからもっと落ち着いて。


 けれど片桐さんはそれ以上、一言も続けなかった。


 改札機にICカードをタッチする。うしろで同じ音が鳴る。互いに無言のままエスカレーターに乗り込んだ。ほらもう話すこともない。こうなることは目に見えていた。


「飲み物買っていい?」


「どうぞ」


 許可も下りたし自販機のラインナップに目を通す。無難にお茶でいいや。


 折悪く電車が行ってしまったばかり。ベンチに座って待つことにすると片桐さんも隣に腰を下ろした。お茶はおいしいけど空気はおいしくない。


「ねえ、向井ってざきばらと仲良かったっけ?」


「全然全く。話したのだって何回あるかってレベル」


「だよね」


 付け加えると片桐さんとは更に全然全く。話したことすら何回もないと断言できる。


「ぶっちゃけ……なんで急に向井……のこと頼ったりしたんだろって、ちょっと疑問に思ってる。感じ悪いとは思うけど、ごめん」


「いいんじゃないの、俺だって逆の立場なら気になるだろうし。まぁ片桐さんみたいに探り入れるようなことはしないけど」


「わるかったって言ってるじゃん」


 片桐さんは組んだ足に肘を乗せてそっぽを向く。セミロングの茶髪がホームに吹き込む風に靡いて流れた。


「……ざきばらとは、ずっと一緒にいるから……心配なんだもん仕方ないじゃん」


 なんか過去にそういう実例でもあったのかもしれない。貫崎原さんについてあまり深く突っ込むのはよしておこう。


「友達想いなんだな」


 代わりに片桐さんに対して抱いた印象を口にして場を濁しておく。いつまでも黙っているのに耐えられないという側面もあったりなかったり。


「お、電車きたね」


「そだね」


 大して仲良くもないクラスメイトとの間に横たわる沈黙も電車内ならセーフ。ガタンゴトンと揺られること数駅、片桐さんが先に降りていく。


「じゃあ、また明日ね向井」


 言いつつ片桐さんは人波と一緒にどんどん離れていくから、俺は小さく手を振るだけにしておいた。

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