第9話 師匠と弟子②

 ゲームセンターまでの道のりは遠いものではない。そのはずなのだが、どうも同じ道でも俺と貫崎原さんでは見えているものがだいぶ違うようだった。


 俺がただの歩道と思って歩く道に、貫崎原さんは服屋とケータイショップと雑貨屋を見い出した。もちろん俺だってそこにそれらの店があることは知っている。そして、知っていることと入ったことがあるのとでは天地の差があるのだった。


「けっこう充実してるよねー、このあたり。あ、あそこのお店いい感じじゃない? 今度行ってみようよ。私お蕎麦好きなんだぁ」


 さすがに食事までするつもりはないようで、街の蕎麦屋に立ち寄る提案が今度であったことに俺は内心で安堵した。すでに10分と5分と5分とを付き合わされている。本来の目的地がこんなに遠く感じるとは。


 貫崎原さんの興味の広さとなんでも楽しむ精神には感心する。たぶんほんとになんに対してもこうなんだろう。


「ね、ちょっとそこ寄ってみよ?」


 貫崎原さんの笑顔はいつも眩しい。


「わかった」


 と答えた自分の声がどんな風に響いたのかは、少しだけ気になった。


 専門店に並ぶ鞄はどれもよい品に見えた。


 最短の三倍ほどの時間をかけてゲームセンターに到着した俺と貫崎原さんは早速、二階の『パンスタ』コーナーへ。


「今日はまず最終目標と、そこまでの道筋について確認しようと思う」


「ん? どういうこと?」


「具体化しようってこと。貫崎原さんはなんでこうして、俺に教わってまで『パンスタ』やろうとしてるんだっけ?」


「なるほどね。そういうことなら私は「難易度:オリジナル」で「自分の手で」「『フランタ』を倒したい」」


「そうか。……妥協できるのはどこ?」


「難易度だね。『フランタ』が目標っていうのは絶対に変えられない。自分でっていうのも、きっと。難易度は、いまならオリジナルじゃ難しいんだろうなってわかる。あれから私、動画とかけっこう見たんだ。原作準拠ってことの意味が今は少しはわかってるつもり」


「なら難易度は一番簡単な「目撃者witness」でいこう」


 貫崎原さんが唇を尖らせるけど、俺は首を横に振る。無理なものは無理だ。


「待って。そういえば向井君は期間はいつまでを想定してるの? そこじゃないかな、まずは。時間をかければ」


「そうだな。二年も三年もやり続ければもしかしたら、「オリジナル」とまでは言わないまでももう少し高い難易度も目指せるかもな。でも高校生のうちには無理だ」


「なら! ……うん。向井君がそう言うなら、それでいいよ」


「そう、ですか。なら「難易度は下げる」「協力プレイでやる」「打倒『フランタ』はそのまま」。そんで期間は、夏休みがはじまるまででいいよな?」


「協力プレイも、しないと無理そうなのかな……」


 今度は縦に首を振る。


「あと、その、期間……夏休みまでっていうのは……どうしてか聞いていい?」


「それくらいやって駄目なら、諦めた方がいい」


 それはセンスや才能以上に、学生という身分ゆえの話ではある。ところで貫崎原さんは進路はどうするんだろうか。俺の都合で夏休み前をリミットにしたが、もしかしたら貫崎原さん的にはもっと続けても問題ないかもしれない。とはいえそこは彼女の自由だろう。どのみち俺はそこで手を引く、あとは好きにすればいい。


「それじゃ次にどうやって夏休みまでに『フランタ』を倒すかだけど。先に言っとくと協力プレイの目的はあくまで雑魚処理に絞る。そこは貫崎原さんが言ったように、貫崎原さん自身の手で『フランタ』に勝て」


「うん。絶対に勝つね」


 俯きがちだった貫崎原さんもこれで多少はやる気をだしたようだった。せめてそのくらいはね。


「うんうん。じゃあどうやって勝つか、勝てるようになるかってことだけど。はいこれ。練習メニュー」


「れん、しゅう……めにゅー?」


「そ。とりあえず初心者脱出くらいまでのかな」


「えぇ、うそ、これ私のために?」


「いや自分の為。毎回口で伝えるの怠いと思ったから」


「あ、はーい、わかりましたー」


「ちなみにここに書いてあること三日で覚えて実践してね」


 貫崎原さんは瞬きを数度したあとにA4ノートをぱらぱら捲った。


「覚えるのは大丈夫だと思う。でも実際にやれるかは、私じゃ判断できないかも。というか時間が取れない、かも」


「ああ、いや、三日ってゲーセン来た日だけ数えてだから。部活も、友達と遊んだりもあるだろ? そういう日は除いて、ここ来て『パンスタ』やった日だけ数えて三日間。その間に出来るようになればいいよ」


「……向井君的には出来ると、私なら出来ると思ってる?」


「そりゃもちろん」


 そうであるように、このまえの様子から分析してまとめた一冊なのだから。


「わかった、頑張るね」


「……うん、がんばれ。んん。基本的にはこうやって、俺が貫崎原さんのステップアップ毎、学習すべきことはまとめて渡す。正直あんまいいやり方ではないけど、短期間でラスボス級に勝つならこれしかないと思う。道筋だとか言ったけど、つまり貫崎原さんには、ただ目先の提示された内容をこなしていって欲しい。もしそれが嫌なら、わるいけど他の人や手段をあたってくれ」


「ううん、嫌なわけない。これもう、読んでもいい?」


「ああ。俺はちょっと、外すから」


 数歩歩いてから振り返る。


「別に勝手に帰っていいから。俺ももしかしたらこのまま帰るかもしれないから」


「ん、わかった」


 すでに集中しはじめているらしい貫崎原さんはノートに目を落としたまま応えた。


 俺は鳩尾を摩りながらいつもの面子のところに足を運ぶ。


「お疲れさまです。見てました? というか見てましたよね?」


 三人からの視線には当然、気が付いていた。おそらく貫崎原さんもだろう。


 三つ、首肯が揃って、健太さんが代表して口を開いた。


「ほんとに教えるんだね航君。君が師匠やるのっていつぶりかな」


「ちょっとちょっと、俺まだ高校生ですよ? そんな古い人みたいに言わないでくださいよ。いつぶりとか……というか、正義さんはなにやってるんですか?」


「ファッキュー、をしている」


「そですね、中指立ててますもんね。俺またなにかやっちゃいました?」


「美少女と仲良さげにしてただろうがぁ! くぅう羨ましいぃい!」


 浩史と違ってこちらは本気の悔しさが滲んでいた。


「神聖な遊技場に女を同伴するなど言語道断。正義の名の下、貴様を断罪する!」


「受けて立ちますよ正義さん。今日はどのゲームで対戦します?」


「そうだなぁ……あれやろうぜあれ『釣りストファイナル』」


「いいですね。折角だしチーム戦もやりません?」


「いいっすね! 自分、航さんと組みたいっす!」


「じゃあ俺とガル対正義さん健太さんでいいですかね」


「いいよ。今日も負けないからね航君、ガル君」


「正義はかぁつ!」


「自分だって負けないっすよー」


「勝とうなガル」


「はいっす! やってやりますよ!」


 左掌に右拳を打ち付けるガルを俺と健太さん、正義さんは同じ顔で見上げる。


 四人の中で一番年齢の若い中学三年生。


 山東ガルの元気さにもいまはすっかり慣れたものだ。

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