第7話 解けない雪を解かしたい

 こんなことを言うと顰蹙を買ってしまうかもしれないけれど。


 私、貫崎原雪は立派な人間だ。


 学生として、学年で指折りの学力と率先して授業に臨む姿勢を見せ、部活動との両立も行っている。成績も戦績も胸を張って誰にでも語れると自負している。


 交友関係も広く、後輩にもよく声を掛けるし掛けられる。いまは卒業生になった先輩たちとも連絡を取ることは多い。同級生なら、きっと八割と友人だ。


 見た目だって疎かにしない。髪や肌の手入れはどんなに早い睡魔にも負けず怠ることなく、制服を洒脱に着こなす上でアイロンがけはマスト。マンネリ回避の日々のちょっとした変化も欠かせない。


 顔や体形には両親からの恩恵も大きいけれど、それだけに頼っているつもりはない。顔は表情でもっと輝く。体形は努力でもっと上を目指せる。


 ――なんでも出来るね。


 ――美人はいいね。


 ――文武両道って言うんだっけかそういうの。


 ――才色兼備の雪ちゃんには……わかんないよ。


 ――その調子で頑張ってください。


 ――羨ましいなぁ。


 私、貫崎原雪は立派な人間だ。


 品行方正で優等生然としてそれでいて取っ付き難いこともなく面白い面も持っていて目端が利いて分け隔てなく。


 クラスの中心として日々を過ごす。


 絵に描いたような理想的な高校生活を送っている私にも、いくつか不満や不安、後悔はある。


 例えばちょっとしたことで手伝いに呼ばれる度、先生たちには都合のいい雑用係と思われているのではないかとか。


 例えばたまの一人の帰り道に鏡を見てしまった時に。


 例えばいつもと同じように男子生徒もいるグループで気安く振舞った後。


 別にこういった自省や自責の念を特別とは思わない。誰だって大なり小なり持つ感情の機微のはずだ。


 私、貫崎原雪は立派なだけの人間だ。


 だからだろうか、高校三年生にもなって変身願望みたいなものが拭い切れていない。自分の分析くらいはそれなりにできてしまう。


 ゲームセンターから自宅までの道のりの途中、私はIDカードを改めて見つめる。電車内は人が疎らで誰に見られることもないはずだ。


「普通……かぁ」


 桜色の髪が綺麗な波を描いている。澄んだ湖と同じ色の瞳。柔らかな微笑み、は私の演技力の賜物だけれど。


 小さな四角いカガミの中には私のお姫さまがいる。


 名前は『雪姫』。


 ずっと昔、テレビの中にキラキラと眩しかったお姫さまと同じ髪と目と、違う名前。


 自分の後ろの車窓から、オレンジ色の街が流れる様をぼんやり見詰める。


 私はなんと言って欲しかったのだろうか。この、私であって私ではない私を見てもらって、知ってもらって、どんな言葉を待っていたのだろう。どんな感情を期待したのだろう。どんな未来を、望んだのだろう。


 残り時間は少ない。


 このままではいけないと考え多少、いや随分と強引に動くことにしたのは自分自身だ。そこにはさっそく後悔があり、ずっと不安があり、理不尽を承知で不満もある。


 それでも、クラスメイトのまま終わってしまうのは嫌だから。


 少し眠気を覚える私は、睡魔と格闘しながら思う。


 絶対にあの、解けない雪のような頑なな心を、解かしてみせると。

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