第5話 解けない雪⑤
「どうっすか航さん。彼女さんの様子は」
観戦モニタを見上げていると、隣から甚だしい勘違いが降ってきた。
「その冗談を貫崎原さんがいないところで言ったことは評価しよう」
ガルはいつもの快活な笑みを浮かべた。年齢相応よりは少しばかり幼さを感じさせる笑顔だ。特注、と言ってもガルの日用品は全般特注だが、特別に仕立ててもらったという学生服がよく似合っている。超長身かつ体格の方も筋肉がしっかりとついていてバランスがいい。日焼けしたような薄い褐色の肌を持つ黒髪短髪の少年は、見た目だけならばバスケットやバレーの選手に見える。
「航さんを怒らせるのはいやっすからね。いまは言いません。へぇ、これは……なんというか……どうなんすかね、はは」
同じ画面を見て苦笑気味のガルにはもう一歩踏み込んで感想を貰おうと思う。
「どう思う? 正直に言ってみ」
「彼女さんじゃ、ないんすよね? ただのクラスメイトでしたっけ」
「そ、ただのクラスメイト」
「じゃあ言うっすけど。弱いっすね~。初心者にしても……センスないっすね。弱いとか以前じゃないすか」
「もっと具体的に、ほれ」
「そういう感じっすか。……まず視界内に相手を追えてない、というか視点の移動がブレブレっすね。基本的な操縦桿の動かし方自体が慣れてない、わかってない? ように見えるっす。てか、うっ、酔ってきたっす」
言葉を選ばずに言うと、汚い画面、だ。まるで手振れ補正ゼロのビデオカメラを持ったまま走っているような画面揺れは、他人が操作しているということもあって人によってはガルのように短い時間で酔ってしまうのも頷ける。
「無理しないようにな。……俺もガルと同じ意見だ。たぶん、多くの敵を次から次に見つけた端から確認しようとしてるんだろうな。画面の真ん中に収めてちゃんと確認しようとしてる。気持ちはわからなくもないけど、そのせいでカメラをぶんぶん振り回してしまっているし、自分の機体の動きに意識が回せてない」
技術も心構えもドのつく初心者の映像を見続ける。最低難易度の最初のステージ。初心者にやさしくないことで有名なことを差し引いても散々なリザルトに、俺はガルがしたのと同じ成分の苦笑いを浮かべた。
「航さんこれ、自分の時より大変っすよ、きっと。頑張ってくださいっす」
「大変なことほど成し遂げた時の達成感も大きいって言うから」
「声が震えてるっす。じゃあ自分はこのへんで。今度ちゃんと紹介してくださいね。それじゃっす!」
健太さんと青井さんのところに戻っていくガルを見送る。合流したガルを年上の二人が囲む。きっと、余計な首を突っ込むな、みたいなことをとりあえず言うだけ言っておくような温度感で窘められている。かわいい後輩の無邪気な行動は呆れつつも微笑ましいものなのだ。
「向井君……」
しおしおと普段の利発な印象が影を潜めたクラスメイトも、かわいらしいものだった。
「勝てなかった。というか一機も倒せなかった。はぁ」
「お疲れさま。見てたよ」
「観戦のやつだよね? あぁぁ……見られたぁ。下手だったでしょ私。下手だったよね。いいの、はっきり言って。その方がむしろ逆に気が楽だから」
「うん、めちゃくちゃ初心者って感じだった」
「向井君……いいのっ……はっきり言っちゃって!」
「くっっっそ下手だった。幼稚園児でももっとちゃんと戦えるわ。人間の能力の最低値を見た気分」
「そこまで言わなくてもよくない!?」
「それで、次は俺が隣、筐体の中で隣で見ながらもう一戦いこう」
「切り替え早いし。もっと労わるとか慰めるとかそういうのないの? いいけど。いいけどね。そういうのいいんだっけ? プレイ中はお一人でーって言われるよね?」
ゲームプレイ時のシステム音声にはたしかに毎度そう言われる。不正行為の防止のためであり防犯のためであり怪我や機器の故障を防ぐためだ。筐体内は常に監視と録画がされており、違反行為があればプレイ中だろうと容赦なくゲームを中断させられる。違反行為ならだ。つまり許可があればよいということ。
「ちゃんとツープレイヤーでゲーム開始すれば大丈夫。ただその状態の戦績はランクには影響しないけどね」
「ランクとか、いまの私には縁遠いものです。ん、わかった、じゃあ次はそれでお願い」
「じゃあ予約してくる」
ここら一帯で最大のゲームセンターである。客入りも景気がいい。好きなゲームがプレイ予約の必要があるのは煩わしくも嬉しいものだ。ロボットゲーム史上、類を見ないほどの大ヒットとなっている『パンスタ』に、全くお門違いの誇らしさすら感じるのはファン心ということで許して欲しい。
そしてまた一人、戦友が増える喜びも、きっと同じところに根差している。
インフォメーション端末で簡単な操作を行えば予約は完了なのですぐに貫崎原さんのところに戻る。プレイ開始までの予定待ち時間は五分だった。有効に使おう。
「何分待ち?」
「五分くらい」
「五分かあ。ねね、向井君は『パンスタ』どうなの? けっこうやってるとは思ってるんだけど、ランクとかどんな感じ?」
「いや俺のことはどうでもいいよね。そんなことよりさっきの戦闘。先にいくつか伝えておきたいところがある」
「あ、うん」
まだ全然むずかしい話ではない。初心者ゆえの不慣れが八割だから、気を付けるべき点だけ要約して伝えた。
「すぐ出来るようになれなんて言わないけど、ちょっとだけでも意識すれば自分でも変化がわかると思うんだ。無理のない範囲でやってみて。と、そろそろか、行こう」
「ん……よし、うん、行こっか」
貫崎原さんが乗り込んだ後に、俺が横に半分屈むように体を納める。多少のスペースはあるものの元々は一人用だから狭いのはどうしようもない。
「貫崎原さん? いいよはじめて」
「わ、わかってる!」
やはり実際に間近にゲームプレイを見られるのにはテレがあるらしい。
「俺のことはいないものと思ってプレイして」
「それは無理っ」
「じゃあできるだけでいいよ」
IDカードを差し込んだ貫崎原さんが緊張した面持ちでディスプレイを見据える隙に俺もIDカードを通しておく。セコンドと呼称される二人目のプレイヤーの情報が画面に表示されることはない。一人目、あるいは一人の時はカッコいい演出とともに大きく表示されるんだけどね。
『雪姫』のゲーム攻略状況に変化はなし。さきほどと同じステージに機体が降り立つ。
【聞こえてるか。作戦目標はわかっているな? ……一機たりとて逃がすなよ!】
聞き馴染んだ渋い低音ボイスが合図だ。
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