第4話 解けない雪④
「悪あるところに『正義』あり。大学に通う青年の姿は仮初。しかしてその実態は――そう、俺が正義で正義が俺。
「こんちゃっす! 自分は
「みみみみっみみ
「
「
じゃあ向こうのゲームやってるんで、と三人は去っていった。
よし、これでひとまず顔合わせは済んだか。
「なにをやりきったみたいな顔してるの? 説明。説明してよ。今の人たち誰? なに? びっくりしたんだから!」
貫崎原さんが珍しく怒りというか興奮を露わにした。目尻を吊り上げて迫ってくるほどにいまの一幕に面食らったらしい。そりゃゲーセン二階に到着してすぐに男三人と対面させられたのだ興奮もあろうし困惑もあろう。
「
「そうじゃないでしょっ」
右腕に拳を握って上下に振るような真似、貫崎原さんもするんだなと俺は妙な感動を覚える。軽く地団駄まで踏んでいる姿は子供っぽくて新鮮だ。
「向井くぅん?」
ひえっ。
「ごご、ごめんって。すんません。いまのは俺のゲーセン仲間っていうか、そういう感じで仲良くさせてもらってる人たちだよ。健太さんは投資で一発当てて暇を持て余して365日年中無休でゲーセンに入り浸ってるダメ暇人で、青井さんはゲーセンで中二ロールプレイして悦に入ってる変人で、ガルは真面目な中学三年生だよ」
「中学!? 三年生って山東さんが!? てかじゃあ山東君!? だって2mくらいあったよ身長!」
「いや2mはないない。197だって言ってたからこのまえ」
「誤差!」
「いや3cmだぞ誤差じゃないだろ。俺の股下があと3cm長ければ身長に対する平均値になるんだぞ?」
「知るかぁ! それは向井君が短足なだけじゃん!」
今日は貫崎原さんの新しい一面続々発見伝だな。けっこう面白い人なのかもしれない。あと自分から振っといてなんだけど豪速球やめてね?
はぁはぁと息を切らせるほど大興奮していた貫崎原さんは大きく息を吐いて吸って落ち着きを取り戻した。
「仲、いいんだよね?」
「それはほんとにそう。俺側のことで言えば浩史とおんなじ感じかな三人とも。いい奴らなんだよ」
「わかった。覚えておくね。……個性的な人たち」
離れたところで一台のレーシングゲームに群がる三人を見詰める貫崎原さんの、それは正直な感想なのだろうと思う。俺も深く頷いておいた。
「さてじゃあ本題といきますか。こっち」
「そうだった……『パンスタ』しに来たんだった……」
「忘れてたのか」
「吹き飛ばされてたの」
同じ階内を少し歩けばお目当てのコーナーにたどり着く。
半密閉の球体筐体。落ち着いた白が美しい。二列十台が並んでいると卵パックを思い出す。なんだろう自分で自分の連想に腹が立った。もっとカッコよく表現できないのかおまえは。
「え、多い。すご。なんか卵みたいでかわいいかも。……向井君すっごい顔してるけど大丈夫?」
「複雑な心境が顔に出ただけだから大丈夫」
「それは大丈夫なのかな? なんか答えてくれない気がするけど一応訊くね、なにがそんなに複雑なの?」
「人生とか?」
「私ね、向井君について一つわかったことがあるんだ」
「なんか聞きたくない気はするけど一応訊いとく、なにがわかったんだ?」
「時々、ほんきでムカつくコイツ、て思わせてくれるってこと」
「そかそか。じゃあとりあえずIDカードは? 持ってきてるよね?」
「……持ってない」
「『パンスタ』のプレイにはIDカードが必須だ。IDカードなしじゃプレイできない。作ってるはずだと思うけど?」
「失くした」
「カードの作成には指紋登録も必要だ。ところでカードにはICチップが埋め込まれてて、そこにあるインフォメーション端末から指紋認証で探知ができる」
「その指紋認証ってもしかしなくても登録したIDを参照できたり?」
「もちろんする。IDカードの再発行も可能」
貫崎原さんは早々に観念したらしい。自分の鞄のチャックを開く。
「うぅ……新しく作るとかは……」
「規約違反」
早く出せ、と右手のジェスチャーでこれみよがしに催促してみる。
「くぅムカつく。……あの、一つ約束してくれないかな」
「いいよ、内容によるけど」
「はぁ……笑わないでね」
言うなり俺の返答を待たずして貫崎原さんはIDカードを差し出してきた。
IDカードは学生証や運転免許証なんかと似たフォーマットをしている。つまり名前と顔写真。とはいえ公的なものでもなし、どちらにも虚偽が認められている。むしろ名前なんかは本名を使うことが非推奨なくらいだ。
貫崎原さんのIDカードには、貫崎原雪を特定する情報はほとんど記載されていなかった。
アバターも選べる顔写真には、確かに実写っぽい写真が使われてはいる。ただし髪の色はピンクで長髪、ふわふわとウェーブしている。黒髪でいいとこミディアム、真っ直ぐな髪質の貫崎原さんとはだいぶ異なる。更に瞳の色も黒じゃなく水色だから、よくよく顔形を見なければ貫崎原さんとは気付けないレベルである。
なるほどこれのことかな、と俺は考える。貫崎原さんが笑うなと言ったのは、このかなり気合の入ったコスプレをってことだろう。
「いいじゃん。このくらいはふつうにいる。青井さんなんかもっと凄まじいからなぁ。名前は――『雪姫』か。……たしかにお姫様でも通るかもね、貫崎原さんなら」
流れで確認することになったが別段どうしても必要な工程ではなかったのでさっさとIDカードを返す。
「笑わないんだね」
「逆に笑われたことある? そのカードで」
「ない、けど」
「たぶん『パンスタ』やってる人で笑う人いないと思うよ。俺がどうとかじゃなく、そのくらい全然普通の範疇だから」
貫崎原さんは数度瞬きを繰り返してから笑みを浮かべた。
「そっかぁ。そうなんだね」
「なんなら向こうの三人にも見せてみる?」
「それは遠慮しておきます。でもそうなんだね、これでも別に、おかしくない……」
「そうそう。ほらやろう。とりあえずプレイしてみないとはじまらない」
こんなことに時間を取りすぎている。俺は急かして貫崎原さんを筐体に座らせた。
「チュートリアルは終わらせたってことだから、まずは一戦、やってみせてくれ」
「わかった。……わ、笑わないでねっ」
「だから、『パンスタ』やってる奴に初心者の動きで笑うような奴はいないって。『オールグリーン。You’ll do great』」
「……あはは、それって声真似? 似てないね」
俺の自信を生贄に貫崎原さんの緊張を除去。
1:1交換なら悪くはない。
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