第3話 解けない雪③
担任が告げる連絡事項をBGM代わりに俺は思考の荒海を泳ぐ。かっこよく言ってみたけど、とどのつまり考えがまとまらず物思いに耽っているだけ。
ほんの数分前に交わした会話を反芻する。
「『フランタ』に勝てるまで」
「よし任せろ。なんでも言ってくれなんでも訊いてくれ。絶対に勝たせてやる」
机の縁に添えられていた手を取ってまで全力の安請け合い。逆に貫崎原さんの方が引いちゃっていた。
「ぁえ!? ちょ……わ、わかった、からっ」
「いつから? 今日から? 今日の放課後は暇なのか?」
「んんんんん。暇だからぁ。今日の放課後からでいいからぁ。じゃあ、その、後でね! ホームルーム、はじまるし」
おかしい、こんなはずではなかった。
俺の予定では、貫崎原さんのなんらかめんどくさそうな予感のするお話とやらを聞くだけ聞いてはい終了。少しだけゲーセン内での知人警戒レベルを引き上げて終わるはずだったのだ。
まかり間違ってもお願いをきいて、ましてや長期間の付き合いを確約するつもりなどなかった。
『パンタレイスターズ』は素晴らしいゲームだが、難易度がゲボ吐くほど鬼畜なのである。原作準拠と公言されるフィクションパイロットたちは、なにせそれぞれの世界における最上位勢。機体性能はなんとかなっても
一応、難易度設定があるから多少はハードルを下げられるがそれにしたって、もっと楽にクリアさせろ、という声やら怨嗟やらが公式コミュニティに数え切れないほど殴り書きされている程度のもの。
『フランタ』を真正面から倒そうとするならどう見積もっても数か月はかかる。
俺と貫崎原さんの受験を生贄にゲーム上達のための時間を確保、てか?
BGMが合唱パートに入った。なにか重要な連絡があったらしい。教室のそこかしこで発生したひそひそ話のどれにも参加できないので後で浩史に確認しようと思う。
ついでに益体のない考え事は手放してしまう。なるようになるさ。
俺はひとまず綿みたいに軽い覚悟で放課後に臨むことにした。
当然、ふっと吹かれて青空に飛んでいく。ことも出来ずに教室の天井に跳ね返って所在なく漂ってらぁ。
「向井君! じゃあ行こっか! よろしくね!」
貫崎原さんの評価備考に、空気を読めないところあり、を追記っと。
一か月ばかりとはいえ同じクラスになってこのかたほぼほぼ関わっていない相手、特に交友関係が狭いタイプの異性相手に教室内でその声掛けはいただけない。
「ざきばら、用事って向井なん?」
「なんだよ雪、それならそうと言ってくれればいいのに」
昼休みにも貫崎原さんと一団を形成していた女子も男子もそれは当然、反応する。
「そうなの。なんていうか……ちょっと教えて欲しいことがあって。ゲームのことで」
それも言っちゃうんだなぁって俺は諦観の中でぼんやり聞いていた。ついでに存在感もぼんやりさせておく。
「ゲームぅ?」
「そっち系かよ」
な、なんだなんだ、売り言葉なら買って転売してマージンでがっぽがっぽだぞ。実現が不可能な点に目を瞑れば魅力的なルートを思い浮かべて存在感を更にステルス。消えろ俺。
「なーんだよかった。ざきばらってば変に誤魔化すんだもん、よくないことかと思っちゃったじゃん! 心配させた罰に明日はあたしたちに付き合うこと!」
「そういうことなら向井や西木の方が適任だわな。んじゃまたな雪、向井。ところで咲月、明日ってどっか遊びいく感じなのか? おれらも行ってい?」
「駄目ー。明日は女子会だから織田は参加できませーん。男子禁制です」
「女装するからそこをなんとか!」
「それはちょっと考えちゃうからやめろ。マジでする? 女装」
「……いや……やめとく」
「ちょっと考えんなっ。ばいばいざきばら! 向井も!」
「あ、はい。おつかれさまです」
……いい人たちじゃん!
「じゃあね、さっつん、織田君。私たちも行こっか、て、なにやってるの向井君」
「なんでもないです」
ちょっと自分の偏見の醜さに自傷ダメージ食らっただけ。急ぎ貫崎原さんの評価備考に消しゴムを走らせておく。あとおつかれさまですってなんだよバカかよ。
虚脱感に襲われて机に頬を貼り付けていた俺は、立ち上がるのにさえ気合いが必要だった。
「よっこらせっと」
「おじいちゃん……」
貫崎原さんの口からぽそりと漏れた単語は聞かなかったことにしよう。
鞄を肩に提げ自席を離れる。教室を出ていく時に俺が声を掛けるのなんて一人だけだ。
「浩史も来るか? いいよな貫崎原さん」
「もちろん」
「いや行くわけないだろ。向井、一般的に考えろ」
「ゲーセン行くなら友達誘うだろ一般的に考えて」
俺は基本誘わないけど。一般的な男子高校生は二人以上で行くことの方が多いはず、というか来ていることが多いのを知っている。
「いいから行け行け、行っちまえ」
「んじゃ。来たくなったら連絡くれ」
「行けたら行くわ」
「おーまた明日な」
「おう。貫崎原さん……さよなら」
浩史は別れの言葉を迷ったようだった。俺のおつかれさまですよりはマシな選択をしたな。あるいは俺の失敗を参考にしやがったのか。
「うん。じゃあね西木君。あ、したまた」
貫崎原さんでも迷いに口が回りきらないことがあるくらいだ、俺や浩史がどんな失敗をしても仕方ない仕方ない。
貫崎原さんは他にも幾人かと挨拶を交わし、それは廊下に出てからも繰り返された。大変そうだなって思った。
「いつもこんな感じなの? 色んな人と話してたな」
「そうだねー。多少は人より多いかも」
「へぇ」
「それくらいの自覚はあるよ。自慢や嫌味ではないからね?」
「だいじょぶ、そこは気にならないから。自慢していいと思うし。友達が多くて羨ましいよ」
下駄箱でスニーカーに履き替える。これも偏見や先入観の類ではあるけれど、貫崎原さんの動作が若干緩慢な気がして、近くでまだ上履きを仕舞い掛けの様子に疑問符を浮かべる。
結果、何事もなかったので二人で校舎を後にした。
まさかこんな日が訪れようとは。人生は何があるかわからないものだ。
「『パンスタ』、『パンタレイスターズ』はやるのはじめて?」
「実は完全にはじめてってわけじゃないんだ。春休みに一回……やったことはあるの、『パンスタ』」
「浩史と同じか。やっぱり難しかった?」
「それもあるんだけど……その時はさ、あの、土曜に会ったゲームセンターじゃなくて、別のところに行ったんだけど……知らない人ばっかりでやりにくかったというか……そんな感じ」
「女子高生だもんな。しかも貫崎原さんみたいな美少女はなぁ、ゲーセンにはあんま来ないからなぁ」
「……ゲーセンはちょくちょく行くけど?」
「わるいそうだな。ああいう対戦ゲームのコーナーにはって意味。居心地良いってことは中々ないよなきっと。今日も嫌だと思ったらすぐ言ってくれ。言わなくてもいいし。嫌になったらすぐ、勝手に帰っていいから。あとから連絡だけくれれば」
連絡先が必要ならクラスグループから引っ張ってくれればいい。俺は俺でアプリの通知は切ってあるけど貫崎原さんが不在と気付いたら見ればいい。
「そんなことしないから」
「そっかごめん。別に貫崎原さんがそういう人だとは思わないんだけど、よく知ってるわけでもないから。よく俺に教えて貰おうなんて思ったよな、そっちだって俺のこと全然知らないだろ」
「そんことないけど……今はクラスメイトだしねっ。それに二年も同じ学校で同じ学年なんだよ? 向井君こそ……ほんとに私のこと、知らなかった? 全然?」
「顔と名前くらいは、まぁ」
「他には? 他にはない? 思い出すこと、あったりしない?」
「ああ、そうだな、たしかに。バドミントンだっけ? 表彰されてたよな二年の時。あのさ、今年はどうなんだ? 受験もだけど。ぶっちゃけ『パンスタ』というかゲームとかやってる場合じゃないと思うんだけど」
「別に。部活も勉強もちゃんとやってるし。ふんっ」
なんだろう、俺の諸々の確認が侮りみたいに受け取られてる気がする。ほんとに気になってるだけで別に貫崎原さんの性格だとかスペックだとかを疑っているわけじゃないが、対人経験値が乏しい俺には適切な距離感と言い回しが見極められないところある。
こんな調子ではたして俺は本当に貫崎原さんにゲーム攻略なんて教えられるのだろうかと、遠く青空の隅に顔を覗かせた白い雲にでも訊いてみたい気分だった。
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