第2話 解けない雪②

 貫崎原さんに宣言した手前、このところ休みなしだったゲーセン通いに終止符を打った俺は、久しぶりにゲームに触らない日曜日を過ごした。たまの買い物付き合いも悪くはない。我が家の家族仲は幸いにして良好である。


 取り立てて語るべきところのない一日が終わればまた月曜日がやって来る。


 こちらも相変わらず代わり映えしない。面白い科目つまらない科目、授業があって。数は少ないなりに友人たちがいて。学食の週替わりランチは唐揚げで。


 昼休みも残り三分の一となった時刻の教室にはクラスのおおよそ半数が好き勝手に過ごしていた。


「今期のアニメはなに見てる?」


「だいたい全部」


「マジ? よくそんな時間あるな」


「受験を生贄にアニメを観る時間を確保」


「人生ターンエンド一直線じゃん」


「それはとっても大袈裟じゃないかい? 見てるのは――」


 俺と西木にしき浩史ひろしなんかはこんな具合だ。浩史はこれで成績がすこぶるいいから本当に受験を犠牲にするようなことはないのだろう。羨ましい限り。にしても十を超えてアニメタイトルを挙げる浩史にマジかこいつと思わないでもない。


「そういう航は? 『パンタレイ』は確定として他には?」


 『パンタレイ』シリーズ、という長く続く作品群がある。めちゃくちゃ簡単にまとめるなら、ロボットバトルもの。現実の軍隊や戦争における戦闘機や戦車がロボットに置き換わったと思ってもらえれば最低限のイメージは掴めると思う。


 俺が最も愛するアニメシリーズなので浩史をして視聴確定と言うし実際にそれは正しい。一作~数作毎に世界設定がまるっと変わるシリーズで、今期からはまた新しい世界観、キャラクター、機体が物語を織り成している。


「最近はラブコメが好きだ……いいよね若者たちの時に熱く時に苦い青春模様」


「青春ど真ん中の年齢としでなに言ってんだ。自分でやればいいんじゃないか青春群像ドロドロ劇。面白そうだな、やってくれよ航、青春ドロドロ群像劇」


「西木浩史の役どころは?」


「視聴者とか傍観者とか」


「ほらみろやっぱりラブコメなんて見てるだけがいっちゃんいいんだから。『奈多米さんのワイルドカード』とかいいぞ」


「一話見て合わなかったんだよなぁ」


「そうですか。あとはなんだろ」


 広義じゃ趣味の合う友人である浩史だが、狭義じゃウマの合わないこともざらにある。サブカル趣味ってそういうこと多い気がする。知らんけど。


 なにか面白そうなアニメあったかなと記憶を掘り起こすより早く、浩史が話題を変えた。


「そういやゲームは? ほらあの『パンタレイ』のなんちゃらってやつ」


「『パンタレイスターズ』な」


「高校生の全国大会あるんだろ? 去年は応募間に合わなかったけど、今年はでんの?」


「それなぁ、いや出ないってか、出れないっていうか。なんなら浩史でてみない?」


「やったこともないのに?」


「いやいや! あるじゃん! やったことは! 春休みに連れてったろ!?」


「わるいガチで忘れてた」


 笑い事じゃないんだが。浩史は笑い声まじりに続ける。


「てかならなおさら無理だろ。めちゃくちゃむずかったってあれ」


「そう言わずに。いいゲームなんだってマジ。ほら俺が手取り足取り教えるからさ」


「遠慮しとくわ」「向井君!」


 浩史の言葉を半ばから掻き消すようなけっこう大きめの声だった。出処は四席分離れた同じ教室内。


 驚いてそちらを向いた拍子に椅子から落ちるかと思ったっての。


「え、あ、はい。え、なに? な、なんでしょうか?」


「……今日もいい天気だねっ」


「そっすね。……は? それだけ?」


 謎に呼びつけてくれやがった貫崎原さんはしばらくいろんなジェスチャーを繰り広げた。


 半端に両手を広げたり顎に手を当てたり、ちょっと俯きがちになってみたり逆に天井を仰いだり忙しそうだ。


「そ……それだけ」


 最終的にサムズアップに落ち着いたその心は?


 たぶん俺は俺史上、滅多にないくらい感情のない目をしていたと思う。


 貫崎原さんの突飛な言動のせいでクラス内のほとんどの視線を集めてしまったのだ、はっきり言って俺の小心臓は悲鳴を上げている。特に原因周辺の陽キャ男女に一斉に見詰められたのには心底肝が冷えたね。


「貫崎原さんになんかした?」


 元の体勢に戻った俺に、浩史は声を抑えて訊ねてくれる。ナイス配慮センキュー親友。


「なんもするわけないじゃん。あ、泣きそ。やば」


「泣くな泣くな」


 もちろん本気で泣きはしないけれど。さりとて午後の授業にも若干の尾を引いて、集中力を欠いた俺はしこたま貫崎原さんに文句をぶつけておいた、心の中で。


 迎えたホームルーム前の短い間隙の時間帯。のそのそと帰り支度をする俺の前に、貫崎原さんは三度現れたのだった。


「お昼はごめん」


 開口一番は謝罪で、やはりあれは悪ふざけかなにかだったらしい。ごめんで済んだら警察はいらないんですぅ、って誰かこの人に言ってやってくれ。


 顔の前で手と手を合わせる仕草も困り眉の表情もかわいらしさの演出力抜群でそれだけで大抵のことは許してしまいそうだからなんかもうズルい。


「いいよ別に」


 貫崎原さんは申し訳なさそうな顔色を一層濃くする。


「あ、はは……うーん」


 ぐるっと教室内を見渡した貫崎原さんが静かに腰を屈めた。俺の机に身を隠すみたいな所作だった。たしかにこうなれば貫崎原さんといえど目立ちはしない。


「向井君に、ゲーセンの……」


 沈黙は十秒には達さなかったと思う。


「『パンタレイスターズ』、教えて欲しいの」


 さすがに目と目が合う。恥ずかしいとかは今はなし。少なくとも俺はなにを置いても貫崎原さんの本心を確かめたい。


「なん、いや……ちょっと待って」


 今しがたの沈黙の倍ほどは見つめ合った後、俺は視線を外して心を落ち着ける。


 あんまりにもあんまりな、突然の申し出。


 訊きたいことが多い。多すぎる。なんで、とか。『パンタレイ』知ってるのとか。どこで知ったんだとか。どの作品が好きかとか。混乱している自分を自分でわかる。


 どうすればいいのかよく考えて、深呼吸を一つして、俺は貫崎原さんに向き直った。


「教えて欲しいってのは、具体的にどこまでの話なんだ。場所か? どこにあるとかそういうレベルか? それとも遊び方、簡単な操作方法までとかか? もしくは……ある程度勝てるくらいにとかか?」


「『フランタ』に勝てるまで」


 機体名『フランタ』。シリーズの一作『パンタレイ:サイン』のラスボスだ。


 俺の口は我知らず快諾の言葉を吐き出していた。






――――― あとがき ―――――

パンタレイ = だいたいガ〇ダ〇

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