才色兼備の『雪姫』にゲームを教えることになりましたが授業料はツケだそうです

さくさくサンバ

第1話 解けない雪①

 ゲームセンターの一角にクラスメイトを見つけた。


 いまの状況を端的に言ってしまえばそれだけのことだった。休日の午後まだ日が高い時刻に、気分よく階段を下ったところで、同じクラスの女子生徒を発見した。


 1階と2階を繋ぐ階段には大きな窓がとってあって、十二分な陽の光が店の床とクラスメイトを照らしている。日光の届く範囲にゲームの筐体がないのはちゃんと考えてのことだとはいつだったか顔馴染みの店員さんが教えてくれたこぼれ話だ。店の雰囲気作りと機器の環境、どっちも追い求めなくっちゃいけないのがバイトリーダーの辛いところらしい。


 それってほんとにバイトが考えなきゃいけない範疇なのだろうかと思わなくもない。


 俺はすっかりどうでもいい思考に走っていて、それもこれもクラスメイトたちが歩き去るのを待つ暇つぶしというわけである。


 クラスメイトは一人ではなかったし、俺がここから出口に行くには互いの進路がぶつかりかねない。


 クラスメイトと言ったが、ぶっちゃけ全然話したこともないほんとの『関係性:クラスメイト』であり、休日に会って挨拶を交わすほどの親交すらない。いいとこ会釈。


 更に言えば彼女は友人と思しき同性たちと連れ立っている。それはクラスメイトでない生徒たちであり、つまりいよいよ遭遇時の微妙な空気の想像も固くなるというわけだな。


 プリクラコーナーに向かうらしい四人組を見やる角度が横顔から後頭部に移り変わるのを待つ。そう時間はかからないはず。


 するーっと壁際に退避しつつ機を窺っていると状況の変化は俺の背後からやってきた。


「いたいた、『ドラ――、じゃなくってわたる君! よかったぁまだ帰ってなかったんだね」


 よく知る声に名前を呼ばれて振り返る。つい数分前に一緒にいた人が少し息を切らしてこちらに向かってきていた。


 十七年ほど生きてはいるが、向井むかいわたるを下の名前で呼ぶ人物は限られている。当然みんな親しくさせてもらっている相手だ。


 どんな用事かはまだわからないが、そんなに頑張って追ってきてくれたことに感謝すべきなのか、たかが一階分の階段を下りるだけで弾む息とお腹とに苦笑すればいいのかどっちだろう。


「健太さん。どうしたんですか」


「そんな大した用じゃないよ。はい忘れ物」


 運動不足の大学生から気軽に差し出されたのは折り畳み傘だった。


「ぁ、すいませんわざわざ」


 ありがとうございます、と受け取るついでに心の中に言い訳をいいだろうか。降水確率80%だっていうから傘持ってきたのにぜんぜん晴れなんですけど? おかげさまでいらん手間をかけさせてしまった。


「うん。じゃあそれだけだから。またね。気を付けて帰ってね。浮かれて寄り道しないように」


「母ちゃんですか」


「母ちゃんです」


「いやちゃうやろ」


 俺の苦笑いまじりのツッコミには手を振るくらいで応じて、健太さんはすぐさま来た道戻っていってしまった。たぶんなんらかゲームプレイの合間に届けに来てくれたのだろう。会釈未満の感謝になってしまうが広い背中に勝手に投げかけさせてもらった。


 それから増えた手荷物を見てどうしたものかと考える。別にそんな大層な話でもないが、正直なところ邪魔だなと、持ってこなきゃよかったなと、ほんのちょっぴり思ったり。


 少し前のことも、周りのことも、忘れていたし気にしていなかったわけだ。


「傘?」


 かなり近いところから、それは間違いなく俺に掛けられた言葉だった。なにせ驚いて振り向いた先、俺の手元を覗き込む頭の黒い髪の毛一本一本まで見分けられそうだったから。


 女子の髪ってなんでこんなにさらっさらしてるんだろうな。


 俺がすぐには正気を取り戻せずに黒髪の形容をあれこれと頭に思い浮かべる間、まったく普段の調子のその女子は視線で健太さんの後を追う。


 数秒の後、見返り美人を体現した貫崎原かんざきばらさんは陽だまりに笑った。


「なんか、いいね」


「…………なにが?」


「学外の、それも年上の人と親しそうというか……」


 その先を言葉にしなかった理由はわからない。ただ貫崎原さん的にはなにか良い方向の目撃だったらしい。俺的には無意味にこそばゆい。


 それ以上に居心地が悪い。いや少し言葉が違う気もする。悪い気はしない、しないが、学校の外で二人で話す間柄ではない。それがどうしても気まずさを感じさせる。


 なにせ相手は 貫崎原かんざきばらゆき である。


 ルックス、スタイル、学力、運動神経、どれをとっても一級品。これで悪い噂でも流れていればバランスもとれようが、いや何のバランスだって話だけれど、それはそれとして聞こえてくるのは善性エピソードばかりなのだからもう人としての出来が違う。


 さきほど彼女が一緒にいた人たちだって、別クラスだがそれぞれに俺でさえ知っているような目立つ女子生徒たちだった。


 つまるところ俺と彼女、彼女たちとではカーストが違う、立ち位置が違う、存在の大きさ影響力があまりに違いすぎる。


「はぁ。じゃあ」


 接続詞的用法ではなく別れの挨拶的用法である。我ながら感じ悪いなとは思いつつ、まずは半歩後退る。ここでささっと去っていけないあたりがもう気圧されてんだろうなぁ。


「まってまって。ごめん、あんまり時間はとれなくって。すぐ終わるからここで話していい?」


 よくないですよ。って言えたらなって思います。


「どうぞ」


 俺が俺の情けなさに内心打ちひしがれるのは貫崎原さんには一向に関係ないことである。ありがと、と小気味よい感謝を貰ってしまった。


「でもあの、友達と一緒でしたよね。その人たちはその……いいんですか?」


 ところで俺ってば突発的に思いついた言い訳を吐き出すのは得意なんだ。


「ん? うん? うん。だからそんなに離れてると疑われちゃうっていうか……あれ? 莉奈りなたちと知り合いなの?」


 なーんか会話が噛み合ってないな?


 よくわからないがここはスルースキルで乗り切ろうと決める。


「いやなんでもないです。それで、話? が、ある感じなんですかね? なんかクラスの連絡とかですか?」


 チャットアプリのクラスグループには目を通している。目は、通している。大事なことなので二回言っておく。たしかそういう話は出ていなかったはず。


「ううん、違くて。明日って向井君はゲームセンター来る? ここ」


 瞬間、俺の思考回路がショート寸前のフル稼働を決め込んだ。はいかいいえ。YESorNO。肯定否定。賛否両論。推定無罪。明日の降水確率はフィフティーフィフティー。


「たぶん来ない」


「そっか。じゃあ月曜に学校でだね。ごめんもう行くね。ばいばい。気を付けて帰ってね」


 それ流行ってるの?


 思ってからはるか昔からの定型だよとセルフツッコミしておいた。


 いや待て。待て待て待て。


「貫崎原さん!」


 小走り気味に離れていく背中を呼び止めてしまってから、続く言葉がないことに絶望する。


「なに?」


「また学校で。夜は雨らしいから気を付けて」


 本当はそんな当たり障りないことを言いたかったのではない。


 じゃあ月曜に学校で。という些か引っ掛かる物言いの真相を確かめたかった。そんな度胸もなければ迂遠に聞き出す頭もないけどな!


「うんっ。へへ、じゃあね」


 ささやかなスキップを披露する貫崎原さんがプリクラ機のカーテン向こうに消えてから、俺はようやっと出口に向かったのだった。思えば随分と長い時間、ゲーセン一階に留まってしまっていた気がする。


「雨ねぇ。……ほんとに降るのかよ」


 建物を出てみても空はやっぱり快晴だった。

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