第11話 盾使いと上級灰魔と最強の矛

 上級灰魔の腕が振り下ろされたその時、シュンの脳裏には死の一文字が浮かんでいた。

 自身の最期を悟ったシュンは、棒立ちになり諦めてしまう。


―—ああ、これで終わりだ


 シュンがそう思ったその時、シュンの体に横から大きな衝撃が加わり、シュンは倒れ込むように横へ突き飛ばされる。


「!?」


 あまりに咄嗟の出来事に、シュンは自身を突き飛ばした何かの方を見る。するとそこには両手を突き出したモリアがおり、モリアがいるその場所はシュンが先程までいた場所、つまり、


「モリア!!」


 上級灰魔の攻撃が当たる場所であった。


「きゃあ!!」


 振り下ろされた上級灰魔の攻撃はモリアを直撃。モリアは短い悲鳴を上げてその場に倒れ込む。


「そんな、どうして……」


 シュンはモリアの方を見てそう小さく呟いた。すると、モリアが這いつくばりながらもシュンの方を見て言う


「……めるな」


「え?」


「あきらめるな!!」


 モリアの一言がシュンの心に突き刺さる。確かにシュンは諦めてしまっていた。目の前の脅威に威圧され、委縮し、生に執着することを諦めていた。


「貴……様が…今まで…どんな…人生を送って来たのかは…知らん。だが…な!どんなこと…ことが…あっても生を……命を諦めることは私が許さん……だから!!」


 あきらめるな。そこまで言い切ることなくモリアは意識を失ってしまう。シュンはそんなモリアに近づいて体をゆする。


「おい!モリア!!」


 シュンはモリアの名を呼ぶが反応がない、しかし体が小さく上下しているということはまだ息があるということだ。ならばまだ手の施しようがあるということ。今から治療を行えば助かるかもしれない。だが、


――このままじゃヤバい


 自身の横に倒れ伏すモリアを横目にシュンは思った。シュンが手にするのはペネトスただ一本のみ、しかしペネトスの一撃をもってしても目の前にいる上級灰魔には傷一つつけることは出来ないだろう。


――もうギフトは使い切っちまったし、これ以上奴の攻撃を受けることは出来ない


 不幸中の幸いか、横で倒れ伏しているモリアのおかげで自身は傷一つない。


――逃げるのならば今しかない


 シュンはそう思うが体がそれを許さない。いや、未だ見習いではあるが自身も騎士だという矜持が逃げるという選択肢をシュンに選ばせなかった。


――どうにかしてこいつを斃さなければ


 シュンは意を決するが、目の前の上級灰魔に対抗する手段なぞとうに尽き果てた。ならばどうする。シュンは考え、考え、考え抜くがその答えは決まって諦めの二文字に帰結する。


――もうダメなのか?この世界でも諦めろというのか?


 シュンの中で世の理不尽さに対する怒りがこみあげて来る。

 前の世界でもそうだった。病気という理不尽が自身の明るさを、自由を、生すら奪った。この盤上世界テーブルワールドでも異形という理不尽が自身の生を奪おうとやってきた。


――ちくしょう、ちくしょう、ちくしょうちくしょうちくしょう畜生!!


 悔しさがシュンの視界を涙で濡らす。シュンは求める。この理不尽を覆すほどの力を、この上級灰魔を斃すだけの力を。

 しかし、世の中はそう甘くはない。突然願ったところで力など与えてはもらえない。


 そう、では。その時であった。シュンの何かの記憶が蘇った。


「なんだ……あるんじゃねぇか」


 シュンは涙を拭い目の前の異形を強く睨みながら不敵に笑う。まだあった。この局面を打破するギフトが。


 シュンは自身の右腕に力を込め、槍の柄を握りしめて啖呵を切った。


「化け物野郎、この盤野盾様を舐めんじゃねぇぞ!!」


 シュンは再びペネトスを構え力を込める。この力は一度使うとクールタイムが発生する。その時間は3分。今の状況下においてその時間は死に直結する。ならば確実にこの攻撃を当てなければならない。

 ならばどうする。答えは既に出ている。


「喰らえおらぁ」


 シュンは気迫を込めて渾身の突きを繰り出す。しかしながら何かを察知した上級灰魔はシュンの渾身の一撃をその身を翻して避けて見せ、渾身の一撃を繰り出したシュンには大きな隙が出来てしまい、


「ごっ!!」


灰魔の攻撃がシュンの脇腹を捉えてしまう。だが、


「なんだ、あんま痛くないのな」


シュンはニヤリと嗤って、渾身の力を込め、灰魔の腕を抱える。すると灰魔は掴まれた腕を振りほどこうとするがびくともしない。シュンはこの時を待っていたのだ。自身の新たなギフトを確実に当てられるこの瞬間を。シュンはペネトスの穂先を上級灰魔に当て叫ぶ。


「喰らいやがれ!!ペネトレイト!!」


 瞬間、ペネトスの穂先が白く発光し、その光は上級灰魔の胸を貫いた。


「グギャ―!?」


 上級灰魔の断末魔。発光が止むと上級灰魔の胸には大きな穴が穿たれており、上級灰魔はその体を白い灰に変えてボロボロと崩れていった。


「どう……だ、このや…ろう」


 そしてシュンはそのまま意識を失うのであった。



「はっ!!」


 シュンが目を覚ますと、見慣れた騎士団宿舎の天井が目に入った。あれからどれくらいの時が経ったのかはわからない。しかし、シュンは見事上級灰魔を斃し、生還することが出来たのだ。


 シュンは上半身をよろよろと起こして周りを見る。傍らにはメリアが眠っている。どうやらシュンの看病をしていてくれたらしい。


「俺、まだ生きているのか――そうだ!モリア!!」


 シュンは急いでベッドから出ようとすると脇腹に鋭い痛みが走った。


「痛う」


 あまりの痛みに身を丸めるシュン。すると、メリアが目を覚ました。


「シュン……」


「あ……メリア」


 まだ寝ぼけているのかメリアの目はまだ覚醒しきっていなかったが、シュンの起きている姿を見るとすぐさまシュンに抱き着いた。


「シュン!目を覚ましたのですね」


 抱き着かれたシュンはドギマギしつつ、


「メリア痛い、痛いってば」


脇腹の痛みに悲鳴を上げる。悲鳴を上げられたメリアはハッとして慌ててシュンから離れる。


「ごめんなさいシュン。私ったら嬉しさのあまりつい……」


「それは俺も嬉しいんだけどさ、ところでモリアがどうなったのか知ってる?」


「モリアならもう回復して騎士団の訓練所にいますよ」


「うっそ、俺より重傷じゃなかったの?」


「そうですよ!シュンよりも重症だったのに回復魔法で傷を治したら『もう大丈夫だ』って言って……あれにはみんな呆れていました」


 元気そうなモリアの様子を聞いてシュンはホッと一安心。


「それでシュンはどうやってあの上級灰魔を斃したのです?」


「ああそれなら―—」


 シュンはメリアに上級灰魔との一戦について説明する。自身の驕りから上級灰魔に挑んだこと。挑んだ結果殺されてしまいそうになりそれをモリアに助けられたこと。そして、新たなギフトに目覚めたことも包み隠さずすべてを教えた。


「……シュン」


「ゴメン、メリア謝って許されるとは思ってないけど、モリアが怪我をしたのは俺に責任がある。だから――」


「だからまた自分の命を投げ出すのですか?」


 シュンはハッとしてメリアの目を見る。メリアは怒っていた。その瞳に悲しみをたたえながら。しまったとシュンは思う。またやってしまった。これは自分の悪い癖なのだろう。前の世界での生を諦めたが故にこの世界でもすぐに生を命を諦めて差し出すような真似をしてしまう。


「ゴメン……」


 シュンはうつむき暗い顔をする。すると柔らくて暖かいものがシュンのことを包みこんだ。


「メリア……」


「シュン感じますか。私の暖かさ、命の鼓動、その尊さを。私は感じます。シュンの暖かさ、命の鼓動、その尊さを……」


「うん……」


「なら、大事にしてください。命は当たり前にそこに在るものではないのです。幾つもの奇跡のが重なったその先に在るもの、だからこそ尊いのです。だからシュンも自分の命を大切に想って下さい」


「うん……わかった……」


 シュンの目にはいつの間にか涙が溜まっていた。気付いたからだ。命の重さ、その尊さ、その大切さに……


「メリア……」


「はい」


「俺誓うよ…もう二度と命を諦めないって……もう二度と命を投げ出さないって……」


「はい」


 メリアは微笑みシュンを優しく抱きしめ続ける。大切に、大切にその命を守るように。 

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盤上世界の英雄譚 ウツロうつつ @tank-u

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