第6話 盾使いと王の妹

 近衛兵の報告、それは謁見の間にいるシュン以外の者たちを騒然とさせた。


「やべぇ、モリアの奴の耳にも入ったのか!?」


 王――アベルの王らしからぬ発言に、シュンは一瞬驚くが、先程の馬鹿笑いといいこれがアベルの素の姿なのだろうと納得。しかし、アベルの言うモリアという人物、アベルや他の皆の慌てようといい相当な人物なのだろう。


 そんなことをシュンが考えている間も、謁見の間にいるシュン以外の者たちは大慌て。急いで居住まいを正す者、ただただ慌てふためく者、謁見の間から外に出ようとする者等、それぞれがそれぞれの動きを見せる。


「なあメリア、モリアって一体――」


 シュンがメリアにそう尋ねようとメリアの方を向く、しかしながらそこにはメリアはもうおらずシュンは一瞬メリアが消えたものと誤認するが、直後玉座の方に視線を向けるとそこが定位置なのだろう、メリアは最初の時のように玉座の隣ですまし顔。ケーニッヒ卿にあってもメリアとは反対側に位置でこれまで一度たりとも見せたことのない真剣な表情でたたずんでいる。


「皆一体どうしたんだよ」


 シュンはそう皆に問うが皆が皆それどころではないとシュンの問いには答えない。アベルも先程は玉座に足を組んで座っていたのに今は足を組まず両足を地につけて背筋を伸ばして堂々と構えている。そんなアベルだが、シュンの様子を見て慌てたように


「シュン、頭を下げて跪け!!」


 アベルの突然の命令にシュンは戸惑いながら跪こうと押したその時であった。謁見の間の扉が勢いよく開かれ皆の視線が一斉に扉の方に集まる。


 そこにいたのは一人の女性だった。見た目は肩まで伸ばした金髪を肩口で一つにまとめ、整った顔立ちに瞳は気の強そうな釣り目に碧眼、体には甲冑を纏っている。シュンは突然の乱入者に戸惑いが止まらないながらも誰かに似ているなと心の片隅で思考する。


「……だな?」


 乱入者が小さく呟いた。シュンはその言葉が聞き取れずに思わず「は?」と疑問顔。すると乱入者はそんなシュンのことが気に喰わなかったのか


「貴様だな、と言っている!!」


つかつかとシュンの下に急ぎ足で歩み寄り、予備動作全開で突然シュンの頬を全力でブン殴った。


シュンは飛んだそれはもう遠くに飛んだ。回転だってした。アベルは天を仰いで片手で目を覆う。やっちまったと、間に合わなかったとそんな表情をしながら目を覆っていた。


「シュン!!」


 メリアはすぐに吹っ飛ばされたシュンの下に駆け寄り、シュン安否を確認する。


「ちょ、何!?なんで俺殴られたの!?」


 シュンは殴られた頬を押さえつつ、メリアに向かってそう言う。メリアはシュンに大した怪我がないことを確認するとホッと吐息をこぼし、乱入者に向けてキッっと鋭い視線を向ける。


「モリア卿!!突然なんですか!!」


 メリアの追及に乱入者――モリアはフンッと鼻を鳴らし、尊大な態度で言い放つ。


「謁見の間で王に跪いてもいない無礼者にアタシ自ら手を下しただけだ。本当はこの剣でもって処断したかったのだがな。玉座の間を下賤な血で汚すわけにはいかないからな」


 モリアは見下すような目でシュンのことを見る。そんなモリアの態度にメリアは怒りを隠せない。


「下賤な血?それが同じ騎士団に所属する者に向ける言葉ですか!!」


「フンッ、種の加護を奪った盗人など下賤以外の何者でも――ちょっと待て、シルメリア、今何と言った」


「同じ騎士団に所属する者に向ける言葉かと言ったのです」


「同じ騎士団、だと……」


 モリアはメリアの言葉を聞いて愕然とした表情をし、玉座に座るアベルの方に顔を向ける。


「兄上!これは何の冗談です」


 兄上、そうか誰かに似ていると思ったらアベルに似ていたのか。シュンはそう思いながらこの兄妹のやり取りを注視する。すると問われたアベルは長い溜息を吐き、心底面倒臭そうな表情をモリアに向ける。


「あ~メリアの言った通りだ。そこにいるシュンは我が国の騎士団に所属させることにした」


「種の加護を奪った盗人ですよ」


「それは見解の相違だ。シュンはメリアを上級灰魔から守るために仕方なく種の加護を与えられたにすぎない。だからシュンに罪などない」


「それはアタシも聞いています。しかし、それではせっかくの切り札が――盤上大戦テーブルウォーをどう戦い抜くおつもりですか!!」


 盤上大戦テーブルウォー字面からしてこの国は戦争でもしているのだろうか?しかし、街の様子を見る限りとても戦争をしているような空気を感じない。


「種の加護が無いなら無いなりの戦い方だってある。お前もわかっているだろう俺のギフトとセクティアがあればまず負けることはないとな、それにお前という切り札もあるしな」

 

 アベルの言葉にモリアは一瞬口をつぐみ、チラリとシュンとメリアの方を見る。


「……それは、そうですが……」


「だったら何も問題ないだろう。それに我が騎士団に新たなギフト持ちが加わったんだこれは喜ぶべきことだぞ」


「ぐぬぅ」


 ウンウンと頷くアベルにモリアは唇を嚙みながら納得がいかないといった風な表情で唸る。

 

 そんなモリアを見ていてアベルは何かを思いついた様で手をポンと叩いて「あ、そうだ」と前置き、


「モリアお前の隊にシュンを入れよう」


そう言った。


「「はぁ~」」


 シュンとモリアが口をポカンと開けて信じられないといったような表情をアベルに向ける。


「だってモリア、お前新しい騎士が欲しいって言っていただろう」


「確かにそう言いましたが、アタシが欲しいのは騎士なのであって。こいつのような盗人まがいの騎士にも満たない者などではありません」


 モリアの容赦のない言葉に、シュンはカチンと来たのか勢い良く立ち上がってモリアを指差す。


「俺だってこんな乱暴者の所に所属したくはありません」


「貴様、今何と言った」


「乱暴者と言ったんだよ」


 モリアはワナワナと震え、剣に手をやる。


「斬る」


 普通の者ならばここで頭を下げるなり逃げるなりするのであろうがシュンは違った。むしろモリアの短絡的な行動に余計に腹が立ったようで、足を一歩前に出して


「そういうところが乱暴者だっつってんだよ!!」


そう啖呵をきる。シュンのもっともな指摘にモリアも柄にかけた手こそ離さないが剣を抜くことはない。なぜなら自身が日頃兄であるアベルから短絡的な行動は控えろと言われていることを思い出したからだ。


「盗人め」


「乱暴者」


「盗人」


「乱暴者」


「盗人」


「乱暴者」


「「ああん!!」」


 一触即発。そんな空気がその場を埋め尽くす。そんな空気を破ったのは


「止めよ!!」


 アベルの一言であった。アベルはいがみ合う二人を見て瞑目し、頭を抱えながら続ける。


「お前ら、いい加減にしろよ。王命だぞ、この国の王たる俺の命令だぞ、それが聞けないと言うのか?」


「しかし兄上!!」


「おーうーめーいー」


「王様!!」


「お・う・め・い」


 アベルは有無を言わせない。どうやらアベルの中ではシュンは既にモリアの隊の一員のようだ。取りつく島もなし。こうして半ば無理矢理にシュンはモリアの隊に所属することとなったのであった。

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