第5話 盾使いと王都と王

 街道から王都まではそう時間はかからなかった。ケーニッヒ卿も裸足のシュンに気を使ってくれシュンを馬に乗せてくれ、シュンは初めての乗馬体験に戸惑いながらも楽しんでいる様子だ。


「うおー目線が高けー!!」


「ほら、暴れないの。馬が驚いちゃうでしょ」


 ケーニッヒ卿はそう忠告するが初めての乗馬体験に興奮が冷めやらない。


「だって目線が倍近くになったんですよ、うおー!」


「ちょ、静かにして下さい!!」


 シュンの後ろで手綱を握るメリアは慌てた様子で馬をなだめる。


 そうこうしている内に3人と1頭は王都の門にたどり着く


「でっけー!!」


 シュンは自身の身の丈をはるかに超える巨大な門に圧倒され、感嘆の声を上げる。ケーニッヒ卿にあってはそんなシュンを横目に息をわずかに吸って


開門かいもーん!!」


 と大声を上げる。すると巨大な門がギギギと軋む音を上げながらゆっくりと開いてゆく。


「おおこれが王都」


 門が開かれシュンの目に写ったのは中世ヨーロッパ風の建物の数々が立ち並ぶ風景、日本の近代的な街並みを見慣れたシュンにとって異世界情緒あふれるこの風景は壮観でしかない。


 そんなシュンを他所にケーニッヒ卿は門番に挨拶を交わして入門の手続きを行う


「いや~毎日ご苦労さんだねホント」


「いえ、ケーニッヒ卿こそお疲れ様です。それで巫女様といるその少年は?」


「いや、ちょっと野暮用でね。彼は身分証を持ってないけど、なにもせずに通してくれるとありがたい」


「ケーニッヒ卿がそう言われるのでしたら通しますが――何者です?」


 そう言ってシュンのことを見つめる門番にケーニッヒ卿は門番の肩をポンと叩いて耳打ちする。


「超重要人物」


「超、重要人物ですか」


「そ、だからこれから王に謁見しなきゃならないの。あ~面倒くさい」


 ケーニッヒ卿は心底面倒臭そうに言う。しかし、門番の目線はより強くシュンのことを見つめていた。この少年が超重要人物?確かにシュンはこの国では珍しい黒髪黒目を持つが、それ以外は標準的な少年にしか見えない。門番が不審な目を向けるのも仕方のないことで、それは見つめられているシュンにも伝わっており、シュンは門番に向かって誤魔化しの笑みを浮かべて見せる。

 すると、シュンの脇腹に鋭い痛みが走った。


「いで!?」


「余計なことしない」


 シュンの脇腹の鋭い痛みの正体はメリアだった。これ以上シュンが余計なことをしないように警告の意味でシュンの脇腹をつねったのだ。


「それじゃあ僕たちはもう行くよ」


「は!!」


 こうしてシュンたちは無事王都にたどり着くことが出来たのであった。



 シュンたちが王都についてから間もなくして、シュンは王城にある謁見の間に通されていた。

 

 シュンは謁見の間の荘厳な雰囲気に圧倒され、緊張のあまり委縮してしまう。しかもケーニッヒ卿とメリアの姿が見当たらない。一体彼女らはどこへ行ってしまったのだろうか。もしかしてはめられたのか?そんな思いがシュンの頭に去来していた。


「シュン・バンノ!!」


「はい!」


 近衛兵であろうか、シュンは名を呼ばれて反射的に背筋をピンと伸ばす。今やシュンの緊張は最高潮。体も緊張のあまりわずかに震えていた。


「陛下の謁見であるぞ。頭を下げぬか!!」


 近衛兵の指摘にこれまた反射的にひざまずいて頭を下げる。シュンの姿勢を確認した近衛兵は満足げに声を高らかに上げる。


「王陛下のおなーりー!!」


 シュンは頭を下げているので靴音でしか判断できないがようやく王が現われたようだ。


「顔上げろ」


「はい!!」


 シュンが顔を上げると20代くらいの金髪碧眼の青年が玉座に座り足を組み、シュンのことを値踏みするような目で見ている。

 

 思ったよりも若い。シュンはそんな感想を持ったが、相手は一国の王、失礼などあっては不敬罪で処断されかねない。出来るだけ丁寧な物言いを心がけるのが無難である。


「お前がシュン・バンノか?」


 確認するように王が問う。


「はい!俺の――私の名前はシュン・バンノと申します」


「そうか……」


「……」


 息苦しい沈黙が謁見の間を包む。シュンの緊張は既に臨界点に達している。しかし、王は何も語らない。ただシュンを値踏みするような目で見続けるのみだ。そうしてしばらくしていると王の隣から聞きなれた声がした。


「王よこれ以上シュンのことをいじめないで下さい」


 その声の正体はケーニッヒ卿であった。緊張のし過ぎでわからなかったがどうやらケーニッヒ卿は王の登場と同じタイミングで玉座の隣に来ていたようだ。よく見れば玉座の反対隣にはメリアの姿もあり、見知った者を見つけたことによってシュンの緊張は幾分かマシになったようである。


「これぐらい許せケーニッヒ卿、なにせこの者は我が国の切り札を一つを失わせたのだからな」


 一段と圧を上げる王の言葉、確かにシュンは種の加護とやらでギフトを授かったが、あれは不可抗力もいいところだ。あそこでシュンにギフトを与えられなければ二人とも上級灰魔に殺されていただろう。


 それついてはメリアから説明を受けていないのか?シュンは救いを求めるような目でメリアの方を見るがメリアはどこか遠い目をしていてシュンのアイコンタクトに反応しない。しかし、ケーニッヒ卿は違った。


「それにしても、事は起こってしまったのです。どうかシュンに慈悲の心で接してください」


「ならん!!」


 王は玉座から立ち上がり怒りの表情をケーニッヒ卿に向ける。


「元はと言えばケーニッヒ、貴様がシルメリアから目を離したのが事の原因だろうが!!この始末どうつけてくれる!!」


 王が怒号が謁見の間に響き渡る。シュンは王の怒号に体をビクリと反応させ、心中穏やかではない。このままでは王に処されてしまう。


「それは……確かに私の不徳の致すところではあります。ですれば私を処断してください」


 ケーニッヒ卿の言葉にシュンはハッとして思わず立ち上がってしまう。


「それは違う!!」


「控えぬか無礼者!!」


 近衛兵がシュンに向かって怒号を飛ばすが、既にシュンの覚悟は決まっていた。


「控えねえよバカヤロウ。こんな理不尽なこと、許してたまるかってんだ!!」


「理不尽、だと?」


「ああそうだ王様、メリアとケーニッヒ卿は何も悪くない、悪いのは俺一人だ!!俺があの森に行かなければメリアが託宣とやらを受けてたった一人で森の中に来ることもなかったし、ケーニッヒ卿だってメリアについて来る必要もなかった。だから悪いのは全部俺だ!!」


 シュンはまっすぐと王を見据え、王もシュンの瞳を見つめ返す。


「ならば、全ての責を貴様が負うということでいいな」


「ああ、独房でも断頭台でも好きなところに連れて行きやがれ!!」


 シュンは覚悟を決めた。自分の代わりに誰かが罰を受けるくらいなら自身で受ける。それがどんなに理不尽な理由であったとしてもだ。


「――わかった。ならばは我が国の騎士団に所属しろ」


「へ?」


 王からの意外な一言にシュンは拍子抜けし、口をポカンと開ける。


「聞こえなかったか?貴君は我が国の騎士団に所属しろと言ったのだ」


「はい、聞こえてはいますが……それが俺への罰なんですか?」


「誰も貴君を罰するとは言ってないが?」


 確かにそれはそうだ。王は責任の所在を追求はしたが罰を与えるとは言ってはいない。ではこの謁見はシュンを罰するためのものではないということだ。


「それで、貴君はどうする?」


「はい!!誠心誠意務めさせてもらいます!!」


 シュンがそう言うと王はニヤリと口の端を釣り上げる。


「ケーニッヒ、言質とったぞ」


 つられるようにケーニッヒ卿も口の端を釣り上げた


「確かに、これでシュンは我が国の騎士団の一員だな」


 急に様子の変わった二人にシュンは戸惑いメリアの方を見る。するとメリアは盛大なため息を漏らして顔に手を当てていた。それを見たシュンはあることに気が付いた。


「あれ?俺ってもしかしてハメられた?」


 シュンがそう言うと謁見の間にいたメリアとシュン以外の誰もが笑い出す。シュンはそんな皆の様子に戸惑うがメリアがシュンの下に近づいて来る。


「シュンやっちゃったね」


「騎士団に所属することがか?」


「そう、シュンも気付いてるだろうけど、シュンはそこにいるアベルとケーニッヒ卿にハメられたのよ。あ、因みにアベルっいうのはあそこでケーニッヒ卿と馬鹿笑いしてる王のことね」


「それはわかったけど、良いのか自分の国の王を呼び捨てにしちまって」


「本人がそう言うのだからそうするしかないでしょ」


「そうだぞ、貴君――シュンもオレのことはアベルと呼んでくれ」


 あまりにフレンドリーな王の言葉にシュンの頭は更に混乱する。


「それじゃあ俺は何も悪くないにも関わらずこの国の騎士団に所属することになったのか?」


「言っちゃったものは仕方が無いよね」


「そうだぞシュン言質は取ったからな、これでお前は我が騎士団の一員だ」


「そんな、マジかよ」


「何もそんなに絶望することないじゃない」


「違うよ、安心したんだ」


「安心?」


「だって誰も罰を受ける必要はなくなったんだぜ、俺さっきまで罰を受けさせられると思ってたから安心したんだ。これで誰も罰を受ける必要はないってな」


「シュン……」


 メリアが慈しむ様な目でシュンを見る。謁見の間にいる皆もシュンの言葉に笑みをこぼしていた。


 が、


「王!!大変です!!」


 謁見の間に近衛兵が現われ、アベルに急報を告げる。


「なんだ。どうした!!」


「モリア様がこちらに向かっております!!」


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