第7話 盾使いと騎士修行と武器選び
シュンがモリアの隊に王命により配属されてから1週間が経った。配属当初はシュンは納得していない様子であったが、1週間も経てば諦めがつくというもの、今では同じ隊の騎士ともそれなりに仲が良くなり共に切磋琢磨しあっていた。ただ、
「何をしている見習い!遅れているぞ」
シュンは今、基礎体力作りのランニングにいそしんでいた。怒号を飛ばしたのはモリア、彼女は未だにシュンの入隊に納得がいっておらず、シュンのことを見習いと称してしごき続けていた。
「走ってるよコンチクショウ!!」
シュンはそう言って走るペースを上げる。
他の隊員とはそれなりに仲良くなったシュンであったが、隊長であるモリアは別、最初の出会いが鉄拳の一撃だったのだからそれも仕方が無いだろう。とはいえそれはあくまで個人間について言えること。モリア隊全体のことを考えると一隊員と隊長の仲が異常に悪いことはあまりよろしいとは言えないことである。
「モリア隊長、シュンに対して厳しく当たりすぎでは?」
そうモリアのことを諫めたのは青髪の男性騎士、モリア隊の副隊長であるレオルである。
「フンッ!これでもアタシは甘い方だと思っているのだがな」
にべもなくそう言い放つモリアにレオルは短く嘆息する。モリア隊長の頑固さには困ったものだとこれでは隊長の悪い所が浮き彫りになり、隊の規律にも悪影響を及ぼすかもしれないとそういった思いがレオルの吐いた息に込められていた。
「そうですか……ならばこれからも隊長はシュンのことを特別扱いするのですね」
レオルの一言にそれまでシュン一挙手一投足を見ていたモリアは「なに?」と反応し、レオルのことを横目に見る。
「レオル、貴様は私があの男を特別扱いしていると言っているのか」
やや凄みのこもった言葉と視線ではあったが、レオルはそんなことなど気にしない。言わなければならないことは言う。それが副隊長である自身の役目だと思っているからだ。
「特段に優しくすることと、特段に厳しくすることは違う様で全く同じことなのですよ。隊長はシュンのことを目にかけすぎです。隊長たるもの隊員には公平に接するものですよ。そこにどのような思いがあったとしてもです」
「うぬぅ……」
レオルの言葉がよほど効いたのかモリアは唸って顎に手を当てて何やら考え事をする。ややあってハッと何かを思いついたモリアは口を開く。
「ならば全員あの見習いと同じように扱えば――」
「貴女は隊員を全員殺す気ですか!!」
言い切る前にレオルのツッコミが入った。
◆
基礎体力作りのランニングが終了し、シュンは訓練場の地面にそのまま倒れ込む。
「終わった~」
もう走れない。立ち上がることも困難だ。ただ今日はいつもより走り込みの時間が短かった気がする。シュンは胸を大きく上下させながらそんなことを思う。
「シュン大丈夫ですか?」
シュンの下に駆け寄ってきたのはメリアだ。メリアはシュンがモリア隊に配属されてからも毎日のようにシュンの気にかけてその様子を見に来ていた。
眉を八の字に曲げて心配顔でシュンの様子を尋ねるメリアに、シュンはゆっくりと上半身を起こして無理矢理に笑顔を作り、
「大丈夫だってこんなの全然問題ない」
強がりを言って見せる。そこらへんは女の子にかっこいい所を見せたいお年頃の男の子全開だ。しかし、荒い呼吸まで隠し通せるわけがない。メリアにだってシュンの言葉は強がりだとわかっていた。だからこそメリアはシュンのことが心配でたまらないのだ。
「本当に大丈夫なのですか?」
「だから大丈夫だって。メリアも見てたろ、俺の素晴らしいフォームで走る姿を」
「うん、顎が完全に上がり切ってへとへとだっていうのが見事に伝わってきました」
「本当に良く見てるのね。俺ってば段々恥ずかしくなってきたよ」
「恥ずかしくなんかないですですよ。何かを頑張っている姿はかっこいいものです」
「え?本当に?」
メリアの思いがけない言葉にシュンは頬をわずかに赤く染めて照れてしまう。
「……はい、ちょっと情けないなと思ったのは内緒ですけど」
「だったら内緒のままにしてくれれば良かったかな」
「冗談です」
言って悪戯っ子っぽい笑顔を見せるメリアに、シュンは思わず見惚れてしまい、わずかに赤くなっていた頬がより一層赤みががり、シュンは照れ隠しにメリアから目線を逸らして顔をうつむかせる。
「シュン?」
「何でもない!何でもないからちょっと待ってくれ」
そう言ってシュンは自身の熱が冷めるまで照れ隠しを続行、メリアはそんなシュンを不思議そうな目で
見つめている。
「はいはいお二人さん、甘酸っぱい青春物語はそこまでね」
二人の間に割って入って来たのは副隊長のレオルだ。
「レオル副隊長どうしんたんすか?」
「シュンももう体力回復しただろ?だったら早速武具選別の儀式といこうか」
「儀式?筋肉祭りではなくてですか?」
筋肉祭りとは基礎体力づくりの一環で腕立て伏せや上体起こしなどの筋力トレーニングのことなのだがあまりの過酷さからシュンが筋肉祭りと揶揄していることである。
「それも良いけど今日は違うよ。今日行うのはシュン、君の主武装を決めるための儀式を執り行おう」
「そんなものフィーリングで決めたら良いんじゃないですか」
「たしかにそれも一つの手だけどこの一の国では騎士全員に女神様から恩寵を賜った武具が支給されるんだ。武具選別の儀式とはそのための儀式なんだ」
おお女神さまの恩寵とな、シュンは突然の中二ワードの登場に目を輝かせる。
「じゃあその恩寵を受けた武具ってのにはやっぱ特殊能力とかが付いてるもんなんですか?」
「ああその通りだ。恩寵を受けた武具――
「おお!すげぇ――だけど俺そんな儀式の手順とかわかりませんよ」
「そこらへんは大丈夫、ただこの城の宝物庫に行って武器を選ぶ―—いや、武器に選ばれるだけ、と言った方が正しいか」
「武器に選ばれる。ですか」
「そう、だから私に付いて来るだけで良い」
◆
「おお、ここが宝物庫か~」
宝物庫の中には様々な金銀財宝の他、これまた様々な武具類が保管されている。
「神賜武装以外の財宝には手を触れないようにしてくれよ。もしそうしたら本当に盗人として処断しないといけなくなるからね」
さらっと笑顔で物騒なことを言うレオル、シュンもシュンで財宝に伸ばしかけた手を引っ込めた。
「まったく、シュンはモリア卿のことを言えないくらい短絡的なんですから気を付けて下さい」
呆れ顔でそう言ったのはメリアだ。そんなメリアにシュンは「ハハハ」と笑って誤魔化しつつメリアに質問。
「メリアはなんでこんなところまでついてきたのさ?」
「シュンはモリア隊の一員である以前に私の騎士ですよ。ですから私の騎士がどんな武具に選ばれるのか気になるじゃないですか」
そう言ってなぜか誇らしげに胸を張るメリア。
「そんなものかねぇ」
「そんなものです」
言い切るのであればそう言うことなのだろうとシュンは無理矢理に納得し、レオルの方に向き直る。
「それで副隊長、そのなんちゃらの儀式ってのはどうやるんです?」
「武具選別の儀式な、儀式は簡単ここに在る武具を順番に触っていくだけで良い、それで武具の方が君を選べば武具の方から反応を返してくる」
「へぇ~例えば」
「淡く光ったりだとか、力が漲ってくるだとか、変わったものだと体力を奪ったり電流を流したりしてくるものもあるね」
「それってどんなロシアンルーレットですか!!」
「シュン君って時々訳の分からない言葉を話すよね。君の言うロシアンルーレットがどんなものなのかはわからないけど字面からしてくじ引きのようなものなんだろう?だったらまさしくその通りだよ。さぁレッツトライ!」
「レッツトライってそんなに明るく言われてもなぁ――ねぇ副隊長本当に今日じゃなくちゃいけないんですか?」
レオルのくじ引き発言に完全にやる気を削がれたシュンは儀式の延期をさりげなく提案。
「レッツトライ!」
しかしレオルはそんなこと気にしない。シュンは有無を言わせぬレオルの態度にため息をこぼしながら意を決する。
「わかりましたよやりゃあ良いんでしょやりゃあ」
そう言ってシュンは最初に目が付いた立派な剣の柄を握る―—しかしながら何も反応が返ってこない。
「反応なしのようだね。さあ次だ」
「へいへい」
シュンは次々と宝物庫内の武具を触っていく。しかしながらどの武具からも反応が返ってこない。やがて宝物庫のほとんどの武具を触りつくしたシュンは、
「なぁ副隊長、もし反応を返してくる武具がなかったらどうなるんですか?」
「う~ん今までそんな人いなかったからなぁ、最悪騎士除隊とかになるじゃないかな」
「入隊一週間でそれはないでしょ」
「……」
「黙らないで下さいよ!!」
「ハハハ冗談だよ冗談。シュンはギフト持ちだからね、そう簡単には除隊処分にはされないよ」
「へぇ~ギフト持ちってそんなに珍しいのですか?」
「シュンを入れてもこの国には5人もいないよ」
「うげ!そんなに少ないんですか」
レオルの言葉を聞いてシュンはメリアの方を見る。メリアが持っていた種の加護は一度きりしか使えない代わりに貴重なギフト持ちを増やす能力だった。それは確かに切り札と呼ばれるにふさわしい能力だ。モリアが激昂するのも頷けるというモノだ。
シュンがそんなことを考えていると、シュンの考えていることを察したメリアが口を開く。
「シュン、種の加護の件は私は後悔していないので気にしないで下さい。それよりも今は神賜武装のことです頑張って下さい!!」
メリアは両手で握り拳を握って自身の胸の前に出す。そんなメリアにシュンはありがたさを感じつつ武具選別の儀式を再スタートさせるべく宝物庫に残った残りの武具を見回す。すると、シュンの目に宝物庫のすみで埃を被った一本の槍を発見する。その槍は中世の突撃槍のような形をしているが、それよりもはるかに短く、一般的な剣よりも10cmほど長いだけのどうにも中途半端な槍だった。しかし、その槍からどうも目が離せない。気が付けばシュンはその槍に向かって歩を進めていた。
「シュンそこには何もないよ」
レオルはそう言うが実際に槍はそこにあるのだ。シュンはレオルの発言を無視してその槍の下まで真っ直ぐと歩み寄る。そして槍の下まで近づくと槍の柄を掴む。
「あれ?そんなところに槍なんてあったかな?」
「だけどシュンが持っているということはそこにあったということでしょう。シュンその槍から何か感じますか?」
言われてシュンはその槍を掲げてみせる。レオルが言ったように力が漲るような感覚も逆に力が抜けるような感覚もない。ただこの槍だという感覚と
「ペネトス」
「え?」
「この槍の名前だよペネトスこれがこの槍の名前だ」
「なるほど自己紹介する槍か。これはまた珍しい神賜武装だね。ともあれこれでシュンの持つ武器が決まったわけだ」
「そうなるっすね」
「それじゃあ宝物庫から出るとしようか。シュンくれぐれも他の宝物には手を出さないでくれよ」
「出しませんよ!!」
はははと笑いながらレオルはシュンと共に宝物庫を後にする。残されたメリアは何やら考え事をしている。そんなメリアに気が付いたシュンはメリアの方に向き直る。
「メリアどったの?」
「――なんでもありません」
何やら含みのある返答を返すメリア。しかしシュンはそんなメリアの様子に疑問こそ抱くが追及まではしない。
「ペネトスなんて神賜武装、私は知りません」
そう呟いてメリアは宝物庫を後にした――
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