第2話 盤上世界と灰魔と騎士
「ところでさあ、この世界について聞いても良いかな」
シュンと謎の少女は一路王都へ向かって森の中を進行中、歩くこと以外何もすることのないシュンが少女に向かって質問を投げかけた。
「もう少し声を落としてください。
少女の指摘を受け、シュンは少女に近づいて小声で話す。
「それで、この世界については教えてくれるの?」
「この世界って
「そうそれ、この世界は
「驚きました。そんなことまで知らないのですか?」
「記憶喪失だっていったろ」
謎の少女はシュンの発言に猜疑心アリアリの目を向ける。
「私はまだ貴方が記憶喪失だってこと疑っているんですけどね」
「いい加減信じてくれても良くないかなあ」
「ただでさえ託宣のあった地にいた貴方をそうやすやすと信じられますかっていうのです」
「託宣?」
「そう、こう見えて私、種の巫女をしているのです」
種の巫女がなんのことを指しているのかはわからないが。少女の様子からとても誇り高い職業なのだろうとシュンは察する。
「それ、俺に言っても大丈夫なことなの?」
「あ」
少女はしまったといった様子で口に手をやると、シュンの方を向いて確認するように訊く。
「ちなみに種の巫女のことは……」
「勿論知らない」
なぜか胸を張って答えるシュンに少女はあらかさまにほっと胸を撫で下ろす。
「なら大丈夫です」
「ほんとうかよ。それで託宣ってのは?」
「この世界の神からの啓示です。今朝さっきまでいた場所に一人で行けと託宣が降りたのです」
託宣の地に人が倒れているとしたらそれは何かの重要人物だろうとは思わなかったのだろうか?
「そしたら俺が一人で寝ていたと……なあだったら俺のこともう少し丁寧に扱ってくれても良くないか?」
「それは何故です?」
少女は意味が解らないといった様子で首を傾げる。そんな少女の様子にシュンは驚きを隠せない。
「託宣の地に俺がいたってことは、託宣そのものの目的が俺を見つけることの可能性が高いじゃないか」
「ああ、なるほど」
納得といった様子でコクリと首を縦に振る少女、本当にこの少女大丈夫なのだろうか、シュンはそう思うが現状頼れるのはこの少女しかいない。もっと頼りがいのある人に見つけてもらいたかった。そんな失礼なことをシュンが思っていると。少女が再び猜疑心アリアリの目でシュンのことを見つめていた。
「今、失礼なこと考えていませんでした?」
本心を突かれたシュンは慌てて両手を前に出すと。ブンブンと首を横に振って少女の言葉を否定する。
「そんなことないない」
「なんか嘘くさいです」
「本当だってついでに記憶喪失のことだって嘘じゃない」
「本当ですか?」
少女の猜疑心アリアリの視線がより強くなる。
「本当本当」
「なら良いんですけど」
今度はシュンのほうがほっと胸を撫で下ろす。
「まあ託宣の件については今は置いておきましょう。それよりも貴方の記憶喪失の件です」
「おや?それも信じてくれるの?」
「だって貴方この世界の名前や六花の巫女についても知らないんですもの。これに関しては嘘をついているようには見えませんし、だったら記憶喪失をだと言われた方がしっくりきます。それで貴方は私に何が聞きたいのですか?」
「そうだな、この世界に魔法はあるのかとか?」
「使える人はごく少数ですけどあるにはありますよ」
「マジかよ魔法あんのかよ」
魔法の存在があることを聞いてシュンは歓喜する。なぜなら昨今の異世界ものの小説では魔法の存在自体がないものがあるケースも多々あったためだ。魔法があるのならば自身の努力次第でやれることの幅が広がるもしかしたら神様がシュンに膨大な魔力を授けてくれていることも有りうる。シュンは今後の自身の活躍の妄想に胸を躍らせ目を輝かせた。
「なんで自分は使える前提みたいな目をしているのですか」
「だって俺託宣の人じゃん?だったら魔法くらい使えても不思議じゃないって」
「ふむ、それは一理ありますね。だったら――」
少女は何かを言いかけて言葉を止めた。
「何?どしたの」
「しまった。気付かれてしまったようです」
「何に?」
「灰魔です」
直後、シュンたちの前にガーゴイルのような見た目の異形が空から現れる。
「しかも上級灰魔だなんて、貴方ついてませんね」
シュンは初めて見る異形の姿に圧倒されつつも、その心はどこか浮かれていた。これが異世界か、これを俺は求めていたんだと。そんなシュンの様子を見て少女は嘆息しながらもシュンの手をグイッと引っ張り走り出す。
「逃げますよ」
「嘘!戦わないの?」
「足でまといがいるのに戦えるとは思っていません、幸い街道まではそこまでありませんから走って逃げれば間に合うかもしれないです」
「間に合うってなにに?」
「応援です」
そう言って少女は走る速度をペースアップ。シュンもそれに負けじと必死に食らいつく。
しかし、異形の怪物は翼を用いて飛ぶことが出来る。普通に考えても鬼ごっこなら怪物の方が有利である。その証左に異形の怪物は悠々と飛翔し少年らの行き先に先回り再び少年らの目の前で着地する。
「くっそ、これ本当に逃げられるのか?」
「……」
シュンの悪態に少女は黙して語らない。きっと少女も思っているのであろうこの異形の怪物から逃げるのは非常に困難であると。だからこそ少女は決めた。
「シュンさん!」
突然の名前呼びにシュンは戸惑いながら「はいい!」と変な声で変な返事をする。しかしながら少女にそのことを突っ込んでいる余裕はない。
「私がこの灰魔を引き付けている内に街道沿いまで逃げてください。そうすればケーニッヒという騎士が待っていますのでその方に応援を頼んでください」
「それじゃあ君はどうなる」
「実は私魔法の素養があるんです。ですからこの程度の灰魔なんてことありません」
なんてことないのなら既にこの異形を斃しているだろう。シュンはそう思うが少女のあまりに真剣な面持ちに小さく「わかった」としか返事ができない。そしてシュンは一人街道に向かって走り出す。
それを確認した少女はホッとする暇もなく今にも襲いかかろうとする異形と対峙する。
「これで一体一です。正直どこまで貴方に喰らいつけるかわかりませんが種の巫女の矜持、見せてあげましょう」
言って少女魔力を掌に集中させ魔法を発動させるための詠唱を唱える
「地の精霊よ我が剣となりて、我が障害を打ち抜けストーンブリッツ!!」
少女が魔法名を唱えると魔法が発動し、石の礫が異形に向かって飛んで行く。しかし、異形は防御姿勢すら取らない。なぜなら――
少女が放った魔法の礫は異形に当たる寸前で何かに邪魔されたようにその姿を消した。
「魔法無効障壁!」
全ての上級灰魔が持つ魔法を無効化する障壁。それが少女の放った魔法を無効化させたのだ。
少女はこうなることは予想できていた。ただあの少年を逃がすための時間さえ稼げればそれでよかった。
上級灰魔はその口の端を釣り上げニヤリと嗤い、その表情が一層少女の恐怖心を煽り立てる。それでも少女は取り乱すことなく上級灰魔を睨みつける。それは精一杯の抵抗。お前の思う通りになってはたまるかという少女の今できるささいな反抗であった。
しかしながら、少女の精一杯の少女の反抗が気に喰わなかったのかゆっくりと焦らすように少女へ向かって歩み始める上級灰魔。
――もう駄目かもしれない
少女がそう諦めかけた時、茂みの中から何かが現われた。
「うおぉぉぉぉぉぉ!!」
それは先程逃がしたはずのシュンであった。シュンはどこからか拾って来た木の棒を持って上級灰魔に向かって襲いかかって行った。
「どうして!?」
逃げなかったの!?少女がそう言い切る前にシュンは上級灰魔向かって木の棒を叩きつける。しかしその攻撃未満の攻撃は上級灰魔に通じるはずもなく、上級灰魔の腕の一振りによってシュンは少女の下に吹き飛ばされてしまう。
「ぐわ!!」
「シュンさん貴方どうして」
少女は吹き飛ばされたシュンを介抱しながらシュンに問う。なぜ逃げなかったのかと、なぜ私を見捨てなかったのかと。するとシュンは笑みをこぼしながら少女に返答する。
「へへ、実は俺、時代遅れの亭主関白気質なんだ」
少女はシュンの言っていることの意味がわからなかった。ただその笑みから頼もしさを感じ取っていた。
「意味が分かりません」
諦めかけていた少女に笑みがこぼれる。その笑みを見てシュンの体に力がみなぎる。
「この世界風に言ったら騎士の矜持的なものかな?兎に角女の子一人置いて逃げるなんてまね俺には絶対に出来ない」
精一杯のシュンの言葉に少女はとある覚悟を決めた。この人なら任せても大丈夫だろうと。この人なら自分の力を正しく扱ってくれるだろうと。
「だったら――くれますか?」
少女がその頬を朱に染めてシュンに問う。しかしながらその告白はあまりに小さすぎてシュンに届かない。
「え?何?」
シュンは上級灰魔と対峙しながら少女に訊き返す。すると少女は再び、今度は精一杯の大声でもってシュンに問いかけた。
「私の!騎士になってはくれませんか?」
突然の少女の告白に、シュンは一瞬呆気にとられるが笑顔を少女に向けて返答する
「ああ騎士ね、いいじゃん。俺はたった今から君の騎士だ」
シュンがそう返答した次の瞬間、少女はシュンと口づけを交わしていた。
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