第1章~ギフト~

第1話 異世界転生

「……きて…さい」


 シュンの体を誰かが揺すっている。


「こんなところで眠っていては危ないです。起きてください」


「ううん」

 

 シュンの体を揺すっているのは少女であった。見た目は空色の髪に鮮やかな赤色の瞳、シュンを起こそうとするその声音はとても小さい小動物を連想させる。


「起きてください!!」


「は!!」


 少女の精一杯の大声によりシュンは覚醒する。目の前には特徴的な髪と瞳を持つ美少女、対して自分は黒髪黒目のフツメン男子。シュンはそんな状況に混乱しつつも目の前の美少女に精一杯の笑顔を向ける。


「おはようございます?」


 シュンからの突然の起床の挨拶に少女は戸惑いつつも小さな声で「おはようございます」と丁寧に返した。


「「……」」


 お見合い状態で固まってしまう両人。しかし、その沈黙を破ったのはシュンの方からであった。


「えっと、起こしてくれたのはありがたいんだけど、ここどこ?」


 上体を起こして周りを見回してみても周りには木ばかりしか見えない。


「えっと、王都の近くの森になります」


 そりゃそうだ。だって木しか見えないのだから。森じゃなけりゃ林か山くらいしか思いつかない。だけど王都という言葉にシュンは反応した。


「今王都って言った?」


「言いましたけど……」


 少女はどこか不安気な表情でシュンのことを見つめる。しかし、今のシュンにはそんな少女の機微に反応している余裕はなかった。


「王都ってことは俺ってもしかして異世界転生したのか?」


 いやいや待てよ落ち着くんだシュン。もしかしたら異世界転移の可能性もある。だとしたら最悪だ俺の体は病弱オブ病弱、こんなところに飛ばされては数週間と持たないだろう。であればだ。


 シュンは自身の体を隅々まで見てみる。病弱状態で異世界転移したとするのならば今のシュンの体はガリガリの優男。しかし、自身の体を隅々まで見たところ筋肉質な体に変わっていた。


「ってことは異世界転移か?にしては神様と対面した時の記憶がないが……」


 シュンは小首を傾げながら考え込む。しかし、シュンの服の袖を誰かが弱く引いていた


「あの、ここは灰魔かいまが出るので、移動していただけたら嬉しい…です」


 またしても聞きなれない異世界ワードの登場にシュンは確信した。


「やったーーーー!!!」


 突然諸手を挙げて喜ぶシュンに少女はビクリと体を跳ねさせる。しかし、シュンはそれどころではない。念願の異世界転生を果たしたのだ。それも健康そうな体付き、面倒くさいと思っていた幼少時代もスキップときた。これにはテンションが上がってしまうのも頷けるというモノだ。


「だから、騒いだら危ないですって」


 少女がそう言ってシュンのことを注意するがシュンのテンションは過去最高兆、空けない夜が明けたのだ。これを祝わないなんてことは出来ない。


「これが騒がずにはいられますかお嬢さん。いいや無理だね。だってあの地獄のような日々から解放されたんだよ。それも異世界転生付きときたもんだこれには神に感謝を捧げても捧げ足りないよ!!」


 勢いあまって見知らぬ美少女の手を両手で掴む暴挙を犯すシュン、掴まれた少女は男性に対する免疫が少ないのか頬を朱色に染めている。

「あの…神に感謝されるというのは巫女としてはとても喜ばしいことなのですが、その……手を離してくださると嬉しい…です」


 少女が頬を朱にに染めたまま言い難そうにそう言うと、言われて気付いたシュンは「おおう!!」と素っ頓狂な声を上げて慌てて少女から手を離す。何を隠そうシュン自身も異性に対する免疫の少なさでは少女に負けていない。シュンは頬をわずかに赤く染め、照れ隠しに頬を掻いた。


「ええと……すまん。不躾だったな。テンションが上がりすぎて見境がなくなってたみたいだ」


「気にしないで下さい。それで貴方の言う異世界転生とは一体何のことなんですか?」


「それはだな――」


 シュンが異世界転生について説明しようとしたその時だった。シュンの脳裏に何かの記憶がフラッシュバックする。それは誰かとの会話の記憶。とても大切で秘密にしなければならない記憶だ。その記憶の中では言っていた。この世界の人間に自身が異世界転生したことを言ってはならないと。理由は思い出せないがその記憶だけがはっきりと思い起こされたのだ。


「ええっと~ゴメン俺記憶喪失なんだわ」


「そうなんですか?」


 少女は怪訝な表情をシュンに向ける。それもそうだろう、突然訳の分からない言葉を連呼したと思えば、記憶喪失などとのたまう始末。疑わない方がおかしいというものだ。しかし、それについてはシュン自身も重々承知。自身の整合性のとれない言葉の数々に後悔の念が押し寄せて来るばかりであった。


 しかし、言ったものは仕方がない。ここは自身を記憶喪失なことにして話を無理やり進めるしかないのだ。


「そう記憶喪失。だからさっき言ってた異世界なんちゃらのことなんてよくわかってないわけだ」


「あんなに喜んでいたのに?」


 少女の猜疑心全開の視線がシュンの胸にブスリと刺さる。それをシュンは笑顔で躱そうとするがかえってそれは逆効果、少女の視線がより強いものへと変わっていく。ならば


「ところで君の名前は何て言うの?」


話題を無理やり変えるしかない。


「怪しい人には教えられません」


 にべもなく断られてしまった。しかし、話の主導権は得られた気がする。押し切るのならばここしかあるまい。


「因みに俺の名前はシュン、シュン・バンノって言うんだけど心当たりとはないよね」


「そんな珍しい名前の人に心当たりはありません」


「だったら、この森の近くにあるその王都ってところに連れて行って欲しいんだけど」


「それはかまいませんけど、多分王都の中には入れませんよ」


「ええ!!嘘!!なんでなのさ」


「だって貴方見たところ着の身着のまま身分証なんて持っていないでしょう?」


 言われてシュンは自身の恰好を確認する。シュンの恰好は病院の入院着のまま足だって裸足だ。もちろんその他に持ち物なんか持っていない。そんなシュンを横目に少女は続ける。


「王都へは原則身分証なしに入ることは出来ません。だから貴方は王都へは入れないのです」


「でも、原則ってことは例外はあるわけだ」


 シュンの指摘に少女は一瞬目を丸くするも、直ぐに先ほどと同じような猜疑心アリアリの目を向ける。


「貴方なぜそんなに王都へ入りたがるのですか?」


「だって見てくれよこの格好、薄着に裸足ってこれじゃあ旅にすらいけないんだぜ。だったらこの近くにある街、この場合は王都な。に行かないとどうしようもないだろう?」


「それは……確かに」


 少女が顎に手をやりながら何かと葛藤している。今だ、今なら押し切れる。


「だから頼むよ。このままじゃあ俺野垂れ死んじまうよ」


 シュンは拝むように両手を合わせて少女にお願いをする。するとややあってから少女はため息を一つこぼす。


「わかりました。貴方を王都まで連れて行きます。だけど決して王都では騒ぎを起こしたりしないで下さいね」


「わかった恩に着るよ」


 こうしてシュンは謎の美少女を仲間?に加え、一路王都へと向かうのであった。

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