第3話 一ノ瀬莉子 告られる(後編)
お昼休みになった。中山君はすぐに教室からいなくなった。
加江ちゃんが来て一緒にお弁当を食べた。そして、
「莉子もついに私から巣立っていくのかー。なんか娘を嫁にやる父親の気分だよー。まあ、莉子に彼氏が出来ても私たちはずっと親友だからね」
加江ちゃんはそう言った。私は加江ちゃんにも一緒に付いて来て欲しかったけど、加江ちゃんは、
「中山君、私がいたら話しにくいだろう」って言って頑として聞き入れてくれなかった。
私は仕方なく一人で恐る恐ると言った感じで体育館に向かった。体育館の前はグラウンドで、昼休みとあって大勢の生徒たちが遊んでいる。
中山君は先に来て私を待っていた。
「ごめん。呼び出したりして」
中山君はまず謝った。私は黙って首を横に振って答えた。
「返事、聞かせてくれる?」
「中山君……私を、揶揄ってるんじゃないよね?」
「はあ?そんなことあるわけ、」
「だって!よくあるじゃん、もてる男の子が目立たない女の子に告白して、本気にした女の子の返事をみんなにバラして笑いものにするって話!」
「いや、本当にそんな話……あるの?聞いたことねーけど……それに俺、そんなにもてねーし……」
私はこれ以上何を話したらいいのか分からず、黙って俯いていた。
「うーん、どうやったら信じてくれるのかなあ……まさかこんな展開考えてなかったしなあ……」
中山君は頭を搔きながら天を仰いで考え込んでいる。
私の言葉を真剣に受け止めて考えてくれてる。たぶん、この人、いい人なんだろうな。
妥結案が見い出せないまま、2人の間に沈黙が流れる。そのときだった。
「しゃーないな、私が証人になるよ」
「加江ちゃん!」
「えへへー、ごめん。やっぱり心配で付いて来ちゃったんだ。ごめんね、中山君。話しにくいかもだけど莉子って心配性なんだよね。だから私が証人になる。私のことは居ないものと思ってくれたまえ」
「分かった」
中山君が真剣な面持ちでこちらを向いた。
「一ノ瀬さん!」
「は、はい」
「俺、君が好きになったらしい。俺と付き合ってくれませんか?」
「あの、聞いていいかな。どうして私なんかと付き合いたいって思ったの?」
「『私なんか』とか言うなよ。一ノ瀬、笹川といるときとかよく笑うだろ。その笑ったときの顔がめちゃくちゃかわいいんだよ。あんまり話したことないし、君のことほとんど知らない。だから付き合って欲しい。俺のことも知って欲しいんだ」
「最近、よく一ノ瀬の夢見るんだ。夢の中で一ノ瀬が俺に向かってにっこり微笑でくれる。俺、その笑顔を見てすごく幸せな気分になるんだ」
「本当はもっと自然にお友達からって思ってたんだ。でも他のやつに先に告られて取られちゃったら俺、絶対後悔するって思って、焦っちゃったってとこ正直あるんだ」
胸がどきどきしてきた。一生懸命自分の気持ちを伝えようとしてくれてる。私、この人好きかもしれない。
「だってさ。莉子、どうする?」
「……お付き合い、しようかな……」
「お付き合いするって? よっしゃ、決まり!!! 握手しよう!」
中山君は「ほー」と大きく息を吐くと小さくガッツポーズをした。そして自分の手をズボンに擦り付けてから照れた表情でその手を差し出した。私は彼のその手を握った。
「ありがとう、一ノ瀬」
「ううん……」
こんなときなんて答えたらいいのか分からなくて口ごもってしまった。「よろしく」って言うのも変な気がするし、「どういたしまして」って言うのはもっと変だ。
「中山君、莉子を悲しませたら私が許さんからね」
「こえーな。笹川って剣道部だっけ?」
「そうだよ。肝に銘じておきたまえよ」
じゃ私は戻るねって言って加江ちゃんは校舎の方に走って行った。間もなく午後の授業の開始を告げる予鈴が鳴った。
「俺たちも戻ろう」
私たちは並んで校舎へと歩いて行く。並んだ2人の間隔は、ちょっと前の2人よりもずっと短くなっていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます