第12話 莉子の逆襲
翌日のことだった。
「知り合いのインフルエンサーに頼んで、あのメッセージの発信者のアカウントに『性の多様性を認めようとする動きが主流になりつつある現在において、このような画像を流して誹謗中傷するような輩がいまだ存在することは信じ難い。現在においてはもはや化石と言ってもいいのではないか』というメッセージを拡散させてもらったんだ。SNSに画像を流したやつと、それに同調して誹謗中傷したやつらのアカウントには今現在、非難が集中して炎上してる。これで、とりあえず瑞希と妙の名誉は回復されたと思うよ。あとは追い詰められた実体の本人がどう出てくるかってことかな。もしかしたら直接アプローチしてくるかもしれないから気をつけてね」
電話で英利香はそんなことを言った。気をつけろと言われても、一ノ瀬莉子が直接私たちに何かしてくるとは思えない。もうこの件はこのまま終わるかなと思っていた。ただ、一ノ瀬莉子がなぜこのような嫌がらせを私たちにしたのかは分からないままだ。
しかし、インフルエンサーって何?おおよそのことは分かっているけど、知り合い?なんでそんな知り合いがいるの?うーむ、英利香、ただのKYではなさそうだ。
*
剣道部の部活が終わって帰り際のことだった。
「瑞希、これそこで知らん女の子に頼まれたんだけど」
手紙。封筒から2枚折にした紙を取り出して開いた。そのとたん目に飛び込んできた文字に全身が凍り付いた。
『一人で体育館の裏に来い。もし誰かに喋ったら土屋がどうなっても知らない』
「ラブレター? 瑞希、女の子にもてるもんなあ」
私は作り笑いで答えた。ラブレターか、考えようによればそうかもしれないな……
体育館は剣道場とはグラウンドを挟んで反対側にある。私は暗くなったグラウンドを突っ切って駆けつけた。
妙のカバン。テープで紙が貼り付けてある。
『お前たちに制裁を与える。布で目隠しして手錠を後ろ手に掛けてその場で正座しろ。言うことを聞かなければすべての制裁を土屋に与える』
私は置いてある布で目隠しをしてから手錠を後ろ手に掛けて正座した。手錠なんて初めてだったがドラマとかで見ているからか難なく掛けられた。足音がする。誰かが私の後ろに回り込んで、後ろ手に掛けた手錠の掛かり具合を確認している。
「あんた達なんかが加江ちゃんと仲良くするなんて許せない。加江ちゃんの親友は私だけなんだから」
「一ノ瀬さん、だね?」
その瞬間「ぱん」と私の頬に平手がとんだ。
「もう2度と加江ちゃんに近づかないと誓いなさい!」
「……こんなことして、あなたの望みが叶うの?」
「ぱん」と今度は反対側の頬に平手がとんだ。
「誓いなさい!」
「……いやだ」
お腹に彼女の蹴りが入った。皮のローファーで蹴られると結構痛い。
「げほ!」
「誓いなさい!」
「いやだ!」
正座した私の背中を蹴られて、私は前のめりに倒れ、その拍子に階段を転げ落ちた。
後ろ手に手首を繋がれているので受け身が取れず、私は全身をコンクリートの階段であちこち打ち付けた。
「痛……」
さすがに彼女も慌てたようだ。私に駆け寄って額に触れる。どうも額を切ったらしい。彼女は目隠しの布をずらせて私の額を拭った。血が出ているらしい。そのときだった。
「莉子!もうやめなよ。なんでこんなことするの?」
「加江ちゃん、どうしてここへ……」
「莉子、もうやめよう。俺も嫌だよ、こんなこと」
体育館の横の暗闇から妙をつれた男の子が現れた。たぶん翔太君だろう。妙も私と同じように目隠しされ後ろ手に手錠を掛けられている。
「莉子に嫌がらせするやつらがいるから懲らしめてって言われたけど、これじゃどう見ても莉子が悪者じゃん!」
「翔太君……私……」
「莉子、何かすごい誤解してるみたいだけど、私は莉子のこと大好きだよ。ずっと親友だと今でも思ってる。莉子に彼氏ができたから私はおじゃま虫かなって思って、ちょっと距離を置いた方がいいかなって思って…… でもそれが嫌だったんだね。じゃあ、そう言ってよ。言葉で言ってくれなきゃ分からないよ!」
「加江ちゃん……」
「莉子、また一緒にお昼ご飯食べよう」
「うん……でも、私……こんなこと」
ササっちが見る影もなく項垂れている一ノ瀬さんにそっと近づき、手錠の鍵を受け取った。
事を大きくしたくないという瑞希の強い希望で、私たちは今、英利香の家にいる。
体のあちこちを打ち付けた跡と額に怪我をした瑞希とそれを支える私、それにササっちと翔太君に挟まれた莉子。この面子をひとめ見ただけで英利香は察してくれたらしい。何も聞かずに家に招き入れてくれた。
今、ササっちは莉子のそばに付いている。英利香が瑞希の手当をしてくれている。幸い骨に異常はなく、打撲も大したことはないようだ。額も擦り傷だけで、今は出血も止まっている。そして私は応接間で翔太君と2人で向かい合っていた。
「莉子って、笹川と一緒にいたくてこの高校に入学したらしいんだ。だから笹川が江ノ本や土屋とばっかり仲よくしてるのが不満だったらしい。それで二人に嫌がらせするネタを探して、後をつけ回してあんな画像をばら撒いたんだと思う。二人のことをバラしたら笹川も二人から離れると思ったんだろう。俺もうすうす勘づいてはいたんだけど、まさか暴力まで振るうなんて思ってなくて……止るられなくて、ごめん」
しょんぼりと翔太君は言った。
当事者である私と瑞希の意思でこの件は表沙汰にしないことになった。その後、SNSでは一ノ瀬莉子のアカウントで謝罪文が掲載され、この件は一応は解決となった。でも、莉子はあれ以来学校に来ていない。翔太君とササっちが心配して度々莉子の家を訪れているらしい。結局、一番傷ついたのは事件を起こした加害者の莉子だったのだろう。もちろん瑞希に対する暴力は許される訳ではない。莉子に代わって翔太君が土下座して私たちに謝ってくれた。
「もういいよ、莉子のそばにいてあげて」 瑞希はそう言った。
ササっち経由で莉子から瑞希と私に宛てた手紙を受け取った。そこには謝罪の言葉が繰り返し書かれていた。そして直接会って謝罪できないことへの謝罪も。
ある日、私と瑞希は校舎の屋上にいた。6月、初夏の爽やかな風が私たちの髪を揺らす。今はただ瑞希のおでこの絆創膏だけがあの事件の跡形を残している。
屋上をぐるりと囲む転落防止用のフェンスに肘をついて見下ろすグラウンドでは、昼休みとあって大勢の生徒たちが遊んでいるのが見える。こうしていると一見平和な風景だけど、莉子のように人間関係に悩んで心を病んでしまう子だっているのだ。
瑞希が空に向かって「うーん」と大きく伸びをした。
「私たちのこと、みんなにバレちゃったね」
「うん、ササっちはともかく、これまでの友人関係は崩壊しちゃうだろうね。まあ、仕方ないよ。そんな友情、偽物だし。私には瑞希がいてくれたらそれで十分だし」
「たえ!」
「え?なに?」
「かわいい!」
「もう、何言ってんの!」
「私も妙さえいてくれたら他には何もいらない」
「瑞希……」
「妙、愛してるよ」
「うん。私も愛してる」
「たえ……」
「だめだよ瑞希、こんなとこで。また誰かに見られたらどうする……あ……ん」
「ん……ん……」
「あ……ん……」
「う……ん……」
長いキスの後、唇を離した瑞希がこつんと私のおでこに自分のおでこをぶつけて、にっと笑った。
「さあ、私たちもがんばらないと!」
「だね!」と私も元気に応える。
6月。インターハイの地区予選が始まる。
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