第11話 英利香の参戦 

 その日は「ごめん。先に帰る」と妙にメールを打った。妙のことが心配だったが、今、妙に会っても私は何もできない。かけるべき言葉も分からない。



「ふーん、なるほど」

 拡散された画像を見て、英利香が頷いている。

「いきなり来てごめん」

 私(江ノ本)は部活から引き上げた足で英利香の家に来ていた。英利香はこのあたりでは有名な進学校である明桜学園に通っている。私立であるその高校は英利香の家からだと電車で片道1時間30分くらいもかかるらしい。英利香の家は私たちの通う学校からだと歩いて15分くらいのところにあるのに、訳あって、というか彼女の志望で私たちとは同じ高校には行かず、長い時間をかけて明桜学園に通っている。

 久しぶりに来た英利香の部屋。机の正面の壁には中学の卒業旅行で長崎に行ったとき、私たち3人が通った中学の校章をピンで留めたM・E・Tの旗が貼り付けられている。本棚にはあのとき3人で撮った写真がプリントアウトされて飾られていた。

 彼女は部活には参加していないから、ちょうどさっき家に帰ったところだと言う。


「いいよー、気にしないで。それより2人ともこんなことになってたんだねえ」

 アップされた画像を次々と見ながら英利香はにやにや笑っている。

「恥ずかしながら、つい手を出してしまった……」

「手じゃなくて唇じゃない?」

「はい……」 返す言葉がなかった。

 それはそうと、と英利香が話を本題に戻す。

「この画像をアップした本人をまずは洗い出さないといけないね。それは私に任せて。明日には報告できると思う」

「そんなことができるの?」

「できるよ?なんで?」

 こともなげに言う英利香。あいかわらずKYだけど、こんなときには頼もしい。


*


 ササっちの提案で、あれ以来、私と瑞希とササっちは3人で屋上でお昼ごはんを食べている。なんか中学の頃を思い出して懐かしい気もするけど、そんな暢気なことを言っている場合ではない。

「ゆうべ英利香から報告があったんだけど、あのSNSの発信元と思われる人物が分かったんだって」

 瑞希が話の口火を切った。英利香は中学のときの友達ってことはササっちには話してある。

「一ノ瀬莉子って知ってる?」

「え!?りこ?」

 ササっちが大きな声を上げた。

「ササっち、知ってるの?」

「私の中学のときからの友達で一緒の高校だよ。でもまさか。莉子は大人しい子だし、こんなことする子じゃない! そもそもこんなことする理由がないじゃん」

「うん……ササっち、本人に確かめられないかな」

「でも、その英利香さんの言うことって確かなの?」

「証拠はないけど、たぶん間違いないだろうって。英利香も信用できる子だよ」

 瑞希の言葉に私も頷く。

「分かった。私が聞いてみるよ」 ササっちが言った。

「でも、もしその子がやったとしても、『はい私がやりました』なんて言うかな? ごめん、ササっち。気を悪くしないでね」

「ううん。大丈夫。ただ、ちょっと気になることがあるんだ」


 その後、ササっちによると一ノ瀬莉子は犯行を否定したらしい。

「あの子、高校に入ってすぐ告白されて彼氏ができたんだ。翔太君って言うんだけどすごくいい子やねん。だからもう私はおじゃま虫かなって思ってたんだけど……」

 ササっちは浮かない顔でそんな風に言った。



「ふーん、やっぱり否定するよね、そりゃ。それで、その子ってどんな子なの?」

 私(江ノ本)は電話で英利香と話をしている。

「私の友人が言うには、中学のとき3年間ずっとクラスメイトだったらしい。眼鏡かけてて見た目きれいな子なんだけど、大人しくていっつも一人で本読んでることが多かったから、ササっち、その友人なんだけど、が興味持って声かけたんだって。それで色々と世話を焼いてるうちに仲良くなったらしい。ちょっと我が儘なとこはあるけど悪い子では絶対ないって」

 言いながら、ちょっと出会った頃の英利香に似てるなって思って、笑みが零れた。電話だから見えなくてよかった。

「いっしょの高校に入学したんだけど、クラスも別々になったから、入学当初はよくしゃべってたんだけど、彼女に彼氏ができてからはあんまりしゃべらなくなったらしい」

「ふむふむ。その子、自分が疑われてるって知って結構びびってると思うよ。だからこれ以上は何もして来ないと思う」

「だといいんだけど……」

 ちょっと間をあけて、英利香は独り言のように呟いた。

「もうひと押し、してみるか」



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