第6話 ササっち(前編)
「誰といちゃいちゃしたいって?」
暗闇から声をかけられて飛び上がりそうになった。振り向くと見知った女の子が立っていた。同じ剣道部の笹川加江(かえ)。通称「ササっち」。今の独り言聞かれた? どうも知らずに声に出してたらしい。
「なんだー、ササっちか。びっくりさせないでよ」
「エノっちでもびっくりすることあるんだねー」
ちなみに私は「エノっち」と呼ばれている。
「こんなとこで何してるん?一緒に帰らない?」
私たちは並んで校門を出た。
「エノっちって強いよね。いつから剣道やってるん?」
「小学校4年生のときから」
「うへー、そんな前から!そりゃ強いわ。でもなんでそんな小さいときから剣道始めたん?」
「強くなりたかったから」
「ふーん?」
そう、強くなりたかった。好きな女の子を守ってあげられるような王子様になりたかったんだ。ササっちはもっと聞きたそうだったけど説明が面倒なのでこちらから聞き返した。
「ササっちは何で剣道部に入ったん?」
「剣道部の見学に行ったときにな、めっちゃかっこいい人がおったから、その人に憧れて」
ああ、初心者にはよくある話だ。中学の時もそんな理由で入部してきた子がいた。きつい稽古に音を上げてすぐに辞めたけど。ササっちもその類の人間なのかな。そうは見えないんだけど。
インターハイ常連のこの高校は初心者の入部も認めているが、私立だと入部資格とかって制限をつけて初心者の入部を認めないところもあると聞く。
ササっちが「ふふっ」と意味ありげに笑った。
「そのかっこいい人ってエノっちやねん」
「え?」
「最初、面付けてたから男の人かと思ったから、面外したときどんな顔か見たろって思ったらなんと女でびっくり。それにハンサムやったし。女でもあんな風になれるんだって憧れて入部してん」
「ハンサム……」
ちょっとショックをうけた。私は男っぽいけど別に男になりたいわけじゃない。
「エノっち、次の日曜日、私に稽古つけてくれへん?」
「ごめん。日曜日はちょっと用事があるから」
「デート?」
私はあいまいに笑って誤魔化そうとしたのだが、
「テニス部の土屋さん?」
「え!?」
図星を指されて心臓が飛び跳ねた。どうして分かったんだろう。「うん」とは言えない。私はいいけど、妙に迷惑をかけてしまうかもしれない。
「エノっちと土屋さんって同中出身やろ。2人ともめっちゃ成績ええし。エノっち、いつも帰り際にテニス部の部室覗き見してるやん」
覗き見って言うのは語弊があるような気もするが…… 見られてたのか。
「土屋とは中学のときからの友達で、たまたま高校も同じだから、まあその延長で……」
「ふーん、そうなんだ。土屋さん、剣道部の稽古終わるの待っててくれたらいいのにねえ」
「……」
ササっちが私の顔をにやにやしながら覗き込んでくる。私は必死に知らん顔を作った。
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