第5話 もっといちゃいちゃしてー!!!

 「ありがとうございましたー」

 今日も剣道部の稽古が終わった。一年生はこれから道場の清掃をする。帚で掃いてから一斉に並んで雑巾がけをするのだ。中学校の時は道場は柔道部と共用で使っていたから畳から出た藁くずが道場に散らばっていて正直うっとおしかった。一年生のとき当時の部長に文句を言ったことがある。すると、

「そんなことで腹を立てるなんて心が狭いぞ。腹を立てると周囲が見えなくなるし、そうすると付け込まれるスキができる。広い心を持ってゆったりと構えなさい」 そんな風に諫められた。

 心が狭いと言われて内心ムッとしたが、言っていることは分かるし、剣道のことを持ち出されると頷かざる負えない。人間だから腹が立つことはあるが、それ以来、できるだけ心を静かに保つように心がけている。高校では剣道部、柔道部それぞれ専用の道場があるので藁くずでイラっとしないで済むのは助かる。さすが強豪校だ。


 道場の清掃を終えた頃にはテニス部の部活はもう終了している。急いで着替えを済ませると、女子テニス部の部室を覗いてみる。すでに扉は施錠されていて人の気配はない。私はふうっとため息をついて校門へと向かう。

「妙、待っててくれてもいいのに」 ちょっと愚痴をこぼしてしまう。

 高校に入ってクラスも分かれてしまったからお昼ご飯も別々に食べているし、部活の終わる時間もづれているからいっしょに帰ることはめったにない。まあ、でも毎週日曜日にはデートできるからいいかな……


 私は兄弟がいないからよく分からないけど、妙って弟みたいな感じがする。女だから妹のはずなんだけど、私のイメージはなぜか弟だ。ルックスのせいばかりじゃないと思う。

 デートのとき手を繋ぐと、いつもどぎまぎするし、「たえ」って呼びかけると照れくさそうな顔をして頬を赤らめる。公園や遊園地デートのときはお弁当を作ってきてくれるが、そのお弁当が色どりも綺麗で味もなかなかおいしい。私がおいしいって褒めるとぱっと顔が分かりやすく笑顔になる。

 2人きりになると、緊張するらしく、そわそわして落ち着きがなくなる。そんなところがたまらなくかわいい! ついつっ突いていじめたくなってしまう。そんなときの妙のふくれっ面ったら……

「あーあ。これじゃ同じ高校に通ってる意味がないなあ」

 そう声に出して言ってから、「もっといちゃいちゃしてー!!!」と私は心のなかで叫んだ。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る