第16話 学校だけじゃなくて色んなことからの、卒業
3月初め、志望校が同じ私たち3人は試験会場で待ち合わせ、いっしょに合格発表を見ることにしていた。ネットでも結果は見れるのだが、直接自分の目で見たいと強く主張したのはEだった。
合格者の番号が書かれた掲示板が公開され、一瞬会場が静寂に包まれる。なんとも不思議な一瞬。自分の番号を見つけた生徒があちこちで歓声を上げ初め、その静寂は徐々に破られる。
私たち3人も自分の番号があることを確認したとき、それまでの確執(私だけだけど)を忘れて抱き合って喜んだ。そのとき私は思ったのだ。嫉妬なんかしないで2人を温かく見守って行こう。そしてこれからもずっと仲良くやっていけたらいいなって。
お兄ちゃんも志望の大学に合格した。4月からお兄ちゃんは東の方の某国立大学に通うことになる。
明日、お兄ちゃんはこの家を出て下宿先に引っ越す。今日は部屋で荷造りしている。布団などの大物はもう宅急便で下宿先に送ってあるそうだ。
私とお兄ちゃん、受験生を2人も抱えてピリピリしていた家の中の空気もすっかり緩んで、受験の日々がもうずっと昔のことのようだ。
あれ以来、私はお兄ちゃんと会話らしい会話をほとんどしていない。せいぜい朝晩の挨拶くらい。お互い3年生で受験勉強に没頭していたときはそれでもそれなりによかったんだけど、受験も終わった今、私はお兄ちゃんに謝りたいと思っていた。
お兄ちゃんは私の気持ちに気づいていたのだろう。危うい妹の兄を想う気持ちに。それを私が口に出してしまったら家族が崩壊しかねないことも。だから先手を打った。もしかしたらあの子は彼女でもなんでもなかったのかもしれない。でもそれは今更考えても仕方がないことだ。お兄ちゃんはそうして私を守ってくれたのだ。1年かけて私はそのことにようやく気が付いた。
謝るなら今夜しかない。私はお兄ちゃんの部屋のドアをノックした。
「はーい」
以前と変わらないお兄ちゃんの声。なんか懐かしい。
「妙だけど、入っていい?」
以前はこんなことは言わないでいきなりドアを開けてたっけ。
「いいよー」
お兄ちゃんの返事はあくまでも以前のままだ。私はお兄ちゃんの部屋のドアを開けた。この部屋に入るのも1年ぶりだ。
「どうした?珍しいじゃん」
お兄ちゃんが私を見る。こうしてお互いに顔を見て話しをするのも久しぶりのことだと改めて気づく。思わず、お兄ちゃんは私の気持ちに気づいてたのって聞いてみたくなったが、その言葉は飲み込んだ。
「お兄ちゃん、怒ってる?」
「はあ?なんで?お前、なんか怒られるようなことしたの?」
「ごめんね……」
「ばーか、何謝ってんだよ。なんか知らんけど許してやる!」
二人で顔を見合わせたまま、笑いあった。
「私、高校では硬式やるんだ」
「らしいな。俺の妹やし、ソフトで全国2位なんやから、すぐうまくなるやろ」
「知ってたん?」
お兄ちゃんはそれには答えてくれなかったけど、私のことずっと見ててくれたんだな。
「そう言えば、妙、なんかきれいになったんじゃねえ?好きなやつでもできたのか?」
「うん」
「まじか!ムカつく。どんなやつだよ、写真ないの?いや、やっぱいいや。見たくないし」
「お兄ちゃんこそ、彼女さんとはどうなの?」
「あ?ああ……まあ、今は付き合ってはないかな」
「大学で彼女作りなよ」
「言われんでもそうする」
「お盆とかお正月には帰ってくる、よね」
「ああ」
「元気でね。体に気をつけて」
「お前こそ、あんま無理すんなよ。妙、思い込み激しいからな。部活もほどほどにな」
「インターハイ、出られたら見に来てね」
「おお!行けたら行く。連絡くれ」
仲直りできてよかった。やっぱり、お兄ちゃん優しいな。大好きだよ、兄妹として。
卒業式当日、Eの制服の上着のボタンはすべて無くなっていた。私もテニス部の後輩に全部持って行かれた。あらかじめMから、「校章は私にちょうだい。絶対、他の人にあげちゃだめだよ!」って念を押されていたからそれは死守した。
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