第14話 M・E・T崩壊(前編)

 中3の2学期の冬休み前に行われた期末試験で、私はTOP3から脱落した。総合10位以内にも入れなかったから順位表の枠外となり、自分が何番だったのかすら分からなかった。

 この結果は「M・E・Tが崩壊した!」という大げさな振れ込みとともにあっと言う間に全校生徒に広まって、一体何があったのかと恰好の話題を提供することとなった。

 原因は分かっている。国語の試験の点数が酷かったせいだ。教師たちも驚いていた。特に国語の担当教諭は私を職員室に呼んで、原因についてくどくどと説明を求めた。生徒にそんなことを聞かれてもなあって正直思う。試験が難しかったんですよって言ったけど信じてもらえなかった。


 あれは期末試験の最終日、午後から最後の教科である国語の試験を控えた昼休みのことだった。その日私は水筒を忘れてきたので飲み物を買うために校内の自動販売機で温かいペットボトルのお茶を買ってから、お弁当を持っていつもの屋上へと向かった。MとEはすでに屋上に行っているはずだ。

 屋上への扉は開け放たれていて、寒風が吹きこんでおり、屋上は明らかに寒そうだった。私は正直暖かい教室で食べたかったのだが、誰が最初にギブアップするかというくだらない賭けをしていた結果、特に罰則はないのだが、意外と頑固な3人はやせ我慢を続けるはめになったのだ。

 私は扉の内側で思わず身震いし、自分の腕で自分を抱き締める格好で屋上に出た。

 まずEの後ろ姿が目に入った。その背中に誰かの手が回っている。その手が誰なのかは大柄なEの体に隠れて見えなかったが、この状況からか考えてMであることに間違いはなかった。Eの手がどうなっているのかは分からなかったが、たぶんMの背中に回っていると考えるのが普通だ。つまり2人は抱き合っているのだ。

 私は抱き合う2人に声をかけることなく踵を返して、今さっき上がって来た階段を駆け下りた。教室で一人でお弁当を食べているとMとEが何食わぬ顔で戻って来た。


「土屋、どうして屋上に来んかったん?」 とEが私に聞く。

「寒すぎてやばかったから……」

「じゃあ、賭けは土屋の負けやな」

 Mのやつ、相変わらず空気読まないな。私はあいまいに微笑んで返事を濁した。その後、二人の様子にいつもと違うところは見られなかった。あれはいったい何だったんだろう。あんなところで抱き合っていたら、後から来た私に見られることは分かっているのに。別に隠す気もないってことか。確かに隠す必要はない。二人がくっついたからって誰に文句を言われる筋合いはない。

 私がEを好きってことは誰も知らない。私がショックを受けることなんて誰も知らない。そして午後からの国語の試験が始まった。


 ふと隣に座るEの腰のあたりが気になった。紺色のスカートの腰のあたりから何か違う色の物が見えた気がする。私はじっとそれが何かを確かめようとした。

 あ、スカートのファスナーが開いてる。下着が見えている。もう試験は始まっているから今、声をかけることはできない。幸いEの隣の席は私だから、ほかの人は気づいていない。

 下着の色は白だ、何か模様が入っている、何だろう、イチゴか、リンゴか、もしかしたらテントウムシかも……

 いやいや、そんなことを詮索している場合じゃない!

 でも、あんなかわいい下着をはいてるなんて、Eもやっぱり女の子なんだなあ。

 それにしても、スカートのファスナーが開いてるって、あの2人、屋上で何をしてたんだろう。妄想が膨らむ……


「あと10分です。もう一度回答を見直すように」

 先生の声で我に返った。いけない、まだ全然出来てない!もう問題文をきちんと読んでいる時間はない。質問だけ読んで適当に答えを埋めるだけで精一杯だった。

 結果は42点。まったく問題文を読まないで解答したわりにはよくできてるなあと我ながら感心したけれど、担当の先生をずいぶん悩ませてしまったらしい。本当のことは言えないし。

 ちなみに試験が終わると同時に私はEにそっと近づいてスカートのファスナーを素早く閉めたことは言うまでもない。Eは、「え?あれ?開いてた?」って言ってキョトンとしてた。


 TOP3から脱落したことには何のショックもない。でもEとMの関係は正直気になる。EがMを好きなら私は潔くEを諦めようと思う。まだEに告白した訳じゃない。傷は浅い。

 そう言えばお兄ちゃんを諦めたときも、私が告白する前にお兄ちゃんから彼女を紹介されたんだっけ。あのとき、もし告白していたら私はもっと深く傷ついただろうし、家でも居場所がなくなるくらい肩身の狭い思いをしただろう。

 これは告白しても叶えられることがない想いへの神様の警告なのかもしれない。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る