第13話 引退試合と恋
中3の夏休みが終わった。燃え尽きた……
私はソフトテニスの個人戦で全中に出場し、決勝で3-3のタイブレークの末、負けた。でも準優勝で銀メダル。上出来だ。
Eは団体戦、個人戦で全中に出場し、個人戦では準決勝でその年の優勝者と当たって1-2で負けた。団体戦は初戦でかなり格上の学校と当たったため、負け覚悟の布陣でEが中堅に入り一勝を上げたが1-3で負けた。結局Eは個人戦で全国ベスト4という結果を残した。直接に会って聞いた訳ではないけれど、M・E・TのグループSNSで情報交換している。時々、Mも割り込んでくる。
夏休みが終わったら3年生は事実上の引退となる。2学期が始まった早々のそんなある日、剣道部は放課後、近隣の中学校を招いて3年生の引退試合をやるとEから聞いた。その日に招かれた金水中の剣道部は、全中の常連校で昔からの付き合いが長く、実力も拮抗するライバル校であるらしい。
引退試合は3年生が全員出場する団体でのトーナメント戦で、点取り試合であるが、どちらかが3勝先取してもそこで終わりとせず、必ず全員が対戦するルールとなっている。
両校からそれぞれA,B,Cの3チームづつ出場し、全部で6チームでのトーナメント戦である。体育館の壁に貼られたトーナメント表とメンバー表を見ると、Eは華星Aチームの大将を勤めているらしい。
金水中対華星中 トーナメント表は以下のとおり。
(決勝)
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+ーーーーーーーーーーー+
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| +ーーーーーーー+
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+ーーー+ +ーーー+ +ーーー+
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華星A 金水C 華星B 金水B 華星C 金水A
放課後の体育館にはたくさんのギャラリーが詰めかけ、2F通路まで観客で埋まっている。私もMと一緒にその試合を観戦していた。Eのいる華星Aチームは全中出場メンバーの3年生を揃えている。我が校の最強チームってことになるだろう。
初戦が始まる。華星A対金水C。先鋒は華星、次鋒は金水、中堅、副将は華星が勝って3勝。これで華星Aの勝ちは決まりだが、今回は引退試合ということで大将戦も行われる。観客としては嬉しいところだ。
「江ノ本の正座って床に根が生えったって形容がぴったりだね。貫禄あってかっこいいなあ」
隣でMが呟く。確かにそうだ。準備を終えて開始線まで歩いて行く姿勢もきれいだと思う。
「剣道って独特の歩き方があって、すり足で膝から前に出すように歩くらしいよ。打ち込む時も腰を入れて打突しないと竹刀が当たっても一本と認められないこともあるんだって。相手に致命傷を与えているかどうかって判断なんだろうね。本当の切り合いだったら致命傷をあたえないと反撃されちゃうもんね」
「詳しいね」
「夏休みに初めて剣道の試合を見てから興味もって、ちょっと本読んだりして調べたんだ」
「ふ-ん」 たぶん全中近畿ブロック予選の時のことだろう。
そんなおしゃべりをしている間に開始された試合はEがあっと言う間に2本連取して決着がついていた。Eに黄色い声援が飛ぶ。剣道の試合では普通は拍手以外の応援は認められない。でも公式試合ではないし、そのあたりは大目に見てくれているらしい。
「江ノ本、強いね」
「全中ベスト4だからね」
1回戦が終わってEのいる華星Aチームを含む3チームが残った。華星Aチームはそのまま決勝へと進み、残り2チーム、華星中Bと金水中Aで準決勝が行われた。その結果1-4で金水中Aチームが勝ち、決勝は順当に両校のAチーム同士の戦いとなった。決勝戦の点取り表は以下のとおりで、副将戦まで行われたところで2-2の互角のまま大将戦となった。
先鋒 次鋒 中堅 副将 大将
華星中 × 〇 × 〇
金水中 〇 × 〇 ×
Eと相手校の大将は同じタイプらしく、ほとんど休まずに技を繰り出す。激しい打ち合いと鍔迫り合いで見ている私たち方が息をするのを忘れてしまいそうになるほどの打ち合いだ。3分間という短い時間内での勝負とはいえ、ここまで激しく打ち合ったら精魂尽き果ててしまっても不思議じゃない。テニスで3分間も連続して打ち合うことってまずないし。
残り数秒となり、引き分けかと思われたところで、本当に一瞬だった、するどい踏み込みで相手の懐に飛び込んだEが鮮やかな面を打った。白旗があがった。ポイントはその一本のみで時間切れとなり、Eの優勢勝ちとなった。
拍手と歓声の中、礼をして自席に戻るE。正座して小手を外す。後ろ手に紐をほどいて面をはずす。そのとき少し俯いてほっと息を吐いた。汗が光って頬を伝って落ちる。頭に巻いたとんぼ柄の手拭いをとって顔の汗を拭い、畳んで膝の上に乗せる。そんな1つ1つの所作が全部まるで剣道の作法であるかのように美しい。私は言葉を飲んでEに見惚れていた。
「江ノ本、きれいだね」隣のMも呟く。私も「うん」と答えたが、それ以上、目の前の感動を形容する適切な言葉が思い浮かばなかった。
Eは試合後、部室で追い出し会があるとかで、私とMは二人で並んで校門を出た。私は自転車通学なので、前かごにカバンを突っ込んで押し歩いている。頭の中にはさっき見たEの姿がまだはっきりと焼きつている。面をとったときの横顔を思い出して胸がどきどきする。私、どうしちゃったんだろう…… 気もそぞろで、隣を歩くMの話す言葉を聞くともなしに聞いていた。
「私、江ノ本が好き」
はっと我に返った。
「え?」
「もう友達じゃ満足できない。ちゃんと付き合いたい」
「ええ!?」
「江ノ本に告白する」
「それは、つまり、女同士の……同性愛、ってことになるんだよね?」
「今は同性愛だって認められてるもん。そんなん気にすることない」
「それは……そう、だね」 強いなこの子。
私は自分の中で芽生えたもやもやした気持ちが何なのか、このときは分からなかった、いや、分かってた。認めるのが怖かったからその気持ちに目を瞑ろうとしただけ。MがEに告白したらきっとうまくいく。Eは自分がレズだって(私には)公言してるし、MはたぶんEの好みのタイプだ。見た目女の子らしくて、かわいらしい。私とは正反対。
私とEってきっと似すぎているんだと思う。私とEでは絵にならない。私たちが恋人として2人で並んでいる姿が想像できない。つまり、そうなんだ。私はEに恋をしたんだ。
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