第12話 夏の祭典3

 「M・E・T(メット)」と命名したのは実は私、御手洗英利香だ。

 幼い頃から一人遊びが好きだったこともあって、ずっと親しい友達がいなかった私は、中3になってようやく出来た友達がうれしくて、しかもその友達は成績が私と同じ学年3位以内で、運動部に入ってて、クラスの人気者。私にとっては雲の上、憧れのような人だった。だからそんな自慢の友人と私とのグループに名前を付けようと思ったのだ。

 御手洗とゆかいな仲間たち、チーム江ノ本、TOP3…… 散々考えたあげ句、3人の名前の頭文字をうまく並べ替えたら発音できることに気づいた。M・E・T、メット。ちょっと意味不明なところがかっこいい。

 うちの中学では校内SNSツールが導入されていて、教員、保護者、生徒間の情報伝達、共有に使われている。といのは建前で学校から保護者への情報伝達くらいにしか使われていないのが実情だ。その他の機能はアイコンはあるけど誰も使った形跡がないか、何年も前のタイムスタンプのままだったりする。一般のSNSツールと比べて生徒間での直接のメッセージ交換には制約が掛けられている等、自由度が少ないため、生徒の利用は皆無と言っていい。私はそのツールの掲示板に「3年の御手洗、江ノ本、土屋です。3人合わせてM・E・T(メット)です。よろしく!」と投稿したのだ。

 普段は学校からの情報伝達以外には生徒にはまったく利用されていないツールではあるが、掲示板は教員も含めて生徒全員が見ることができる。この投稿はどうでもいい情報であると見なされたらしく、学校側から削除されることもなかった。それでじわじわと「M・E・T(メット)」という言葉が校内に浸透したのだった。


 EもTも全中の予選大会で忙しいらしい。私は今、京都の父方の祖母の家で夏休みを過ごしている。小さい頃からの恒例だ。

 小さい頃は叔父や叔母、従妹たちがやってきていっしょに遊んだものだ。父は長男で弟1人、姉2人、妹1人の5人兄弟だから、従妹たちもそれなりの人数がいて、京都のこの広い日本家屋の家の中や庭を駆けまわって、鬼ごっこや隠れんぼなどをして遊んだ。何泊もお泊りして、夜はいっしょの部屋で寝て、年長の従妹が怪談話なんかしてくれた。

 祖母はそんなに怖い人ではなかったが、お庭の草花を傷つけたり、枝を折ったり、花器を壊したり、やってはいけないことをやった場合は容赦なく叱られた。まあ、当たり前のことだと私は思う。でも叱られた従妹たちはだんだん寄り付かなくなって、そのうち私が一人で滞在するようになった。


 祖母の家は京都市内の東の山の傍にあって、純和風建築の家屋に広い庭。庭はそのまま山につながっていて、どこまでが敷地なのか私はいまだに分からない。こういうのを借景って言うんだろう。その広い庭に沿うように建物の縁側の廊下が続いているから、四季折々、朝昼夕、好みの場所から庭を眺めることができる。祖母の家では私はたいてい浴衣で過ごす。小さい頃からそう。縁側に座布団と冷たい麦茶を持って来て寝転んで本を読む。私のお気に入りの一時だ。ちょっとお行儀が悪いけど、おばあちゃんは叱ったりしないで見逃してくれる。私にとっては「優しいおばあちゃん」なのだ。


 小さい頃から夏を過ごしているこの家には、私の部屋もある。毎年来るからいちいち片付けるのが面倒ってこともあるのだろう。いっぱい部屋があるからその点での問題もないらしい。

 おばあちゃんは気が向いたときお茶をごちそうしてくれる。基本的な茶道の動きは小さい頃におばあちゃんから仕込まれた。立ち方、座り方、すり足、お辞儀、お茶のいただき方、お菓子のいただき方。お稽古のとき、きれいでおいしいお菓子を食べられるのがうれしかった。従妹たちはお茶のお作法の稽古も嫌いだったみたい。

 私がKYだって言われていることは知ってる。私が他の子とちょっと考え方や感じ方が違うのは、祖母の影響と、祖母の家で結構長い時を過ごしてきたこと、その暮らしがとても気に入っていることと無関係ではないと思う。


 EとTは、京都の市内から見ると南の方にあるサンライズヒル運動公園でソフトテニスと剣道の試合に出場しているらしい。暇なのでネットで試合の日程を調べ、会場まで試合を見に行った。

 Tはソフトテニスの個人戦で、Eは剣道の個人戦、団体戦の両方で全国出場を決めたらしい。

 こいつらすごいな!って正直思った。どうしてあんなことができるんだろう。人間てきれいだって感動した。私にもあんな才能があったらいいのに……


 Eの準々決勝での試合を見た。彼女が出たのはその一試合だけ。もっと見たかったが、Eが登場する前に勝負がついてしまったのだから仕方ない。

 剣道の試合を見たのは実は初めて。ほかの格闘技でもそうなのかな、試合が始まったら一瞬の気のゆるみも許されない、ピリピリした緊張感を感じる。剣道の試合は3分だけど、その間ずっと緊張しっぱなしって、私だったらそれだけで疲れ果てそうだ。

 試合が終わって礼をして、自席に戻ったEが面を外したときに見せた横顔が忘れられない。汗が頬を流れている。凛とした姿勢は崩さないくせに、顔は微笑んでいる。精一杯やりました!って表情がすごくいい。その時私はEへの気持ちをはっきりと自覚した。私はEが好きだ。友達じゃ嫌、Eの心を独占したい。


 今夜は五山の送り火。祖母の家からはそのうちのいくつかが見える。人混みが苦手な私は、アイスコーヒーに牛乳をたっぷり入れたグラスを片手に持って、2階の自分の部屋から「大」の字が夜の闇に浮かび上がるのを見ている。

 お盆が終わったら夏はもう終わったような気になるけれど、EやTの夏はまだこれからが本番の真っ盛りなのだろう。正直私はスポコンの世界が分からない。この古い家でお庭を見ながら音楽を聞いたり、本を読んだりする時間が大好きだ。ただ、Eの面を取ったときのあの横顔が忘れられない。Eのことが好き。燃え上がる「大」の字を見ながら、そんなことをぼんやりと考えていた。

 あの後、Eに声を掛けて二人で写真を撮った。Eは防具を取った剣道着姿だ。スマホで撮ったその写真はプリントして私の机の上に飾ってある。



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